管理人の日記 〜2001年11月〜先月日記トップ翌月
11月18日(日) 渋谷区立松濤美術館「眼の革命 発見された日本美術」

11月4日(日) 足もとの石器 〜第11回足もとに眠る歴史展「石器のライフヒストリー」〜
 東海大学のキャンパス関係の調査を行っている東海大学校地内遺跡調査団の調査・研究の成果を展示する「足もとに眠る歴史」展が、東海大学の建学祭にあわせ開催されている。第11回の今回は「石器のライフ・ヒストリー 〜道具の一生から人々の行動をさぐる〜」と題して、報告書刊行に向けて整理中の王子ノ台遺跡の石器を取り上げている。
 はじめに、石器ごとの石材利用率が示され、近辺の酒匂川、金目川、相模川で採取された石材が展示されている。つづいて石器ごとの展示。共通の観点として調達-製作-使用-廃棄/再生転用と、シファーのライフヒストリーモデルが用いられているほか、石皿では分割後の行方、磨石では比熱後の再利用、打製石斧では使い捨て、石錘では民具との比較などとそれぞれ独自の特徴・問題点が提示されている。さらに石鏃・砥石・磨製石斧・石棒類とつづくが、磨製石斧の製作遺跡である山北町尾崎遺跡、大形石棒の製作遺跡である南足柄市塚田遺跡の資料も展示され、流通の問題を考えさせられた。黒曜石を除くと他の石器の石材の殆どが遠くて多摩川、多くは県内産であるのに対し、定角式磨製石斧の原料である蛇紋岩や小形石棒類の原料である緑泥片岩の産地は埼玉県の荒川上流域だという。
 小さい展示室に石ばかりであるが、中身はかなり濃いものである。シファーの理論はよく知らないし、石器自体あまり興味のなかった私であるが、石器研究の視点やその面白さの一端を知りえたように思う。また、器種の石材による違いや産地の遠近など石材の重要性も実感できた。

 東海大学キャンパス・グラフィティNo.49 石器のライフ・ヒストリー


11月3日(土) 文化の日3館めぐり 〜東大・港区・そごう〜
 久しぶりの2連休、文化の日ということもあって東京・横浜の博物館・美術館3館をまわった。

東京大学総合研究博物館「真と贋のはざま −デュシャンから遺伝子まで−」
 はじめに東京大学総合研究博物館。大学の博物館にしては珍しく月曜休館、日祝開館である。本郷三丁目から歩いて赤門をくぐって大学隅にある博物館へ。ここでは特別展として、東京大学コレクション12「真と贋のはざま −デュシャンから遺伝子まで−」が開催されている。上高森の「旧石器」が展示されていると聞いて出かけていったが、そんなことよりも全体として面白いものであった。
 オリジナルとコピーの問題を扱っているが、様々な目的で行われる模写・模造・複製から偽造・捏造にいたるコピーの意味とそれらに対する「本物」の意味について、古今東西の資料を用いて問い掛けてくる。なかかな難しい。さすが東大というべきか。おまけに解説書は特価で5000円もするのでその場では買えない。Web上の解説も英文である。少ししか理解できていないだろうと思う。
 そこで、展示された考古学的資料の紹介に逃げよう。入り口付近には、小金井良精の銅像が3つ。なぜ3つ作られたのか、からコピーの意味を問う。しばらく行くと美術の技術としてのコピー作り。ここに弥生町出土の弥生土器がこれまた3つ。本物、現状を残すためのレプリカ、その未彩色のものである。中南米の金属製品の模造もある。またしばらく行けば教育・研究用のコピーのコーナー。ここに石器群が展示されている。中身は本物の遺跡出土の旧石器、それをもとにして現代作られた「石器」、樹脂を使って作られたレプリカで、混在して置かれている。樹脂製を除けば数千年・数万年後には同じ「石器」として扱われるだろうという。つづいて実験考古学で作られた石器と製作時に出る石屑。数万年間、人間は同じような石器を作ってきた。これはコピーである、という。それを研究者が研究のためにコピーする。さらに、歴博所蔵の上高森「遺跡」の「旧石器」が並べられるが、これは全く別の意味を持つ。さらに土器の過剰「復元」の例。キャプションに「考古学者の想像力=創造力に脱帽する」などと書かれていたように思う。

港区立港郷土資料館「いろ・COLORな話」
 つづいて港区へ向かう。ただし地下鉄車内でうとうとしてしまい、2回寝過ごしてようやく三田へ。港郷土資料館は駅からすぐの区立図書館4階にある。「いろ・COLOR(いろいろ)な話」と題して、色の持つ意味について考古学・民族学・民俗学の視点から探る。幸い展示解説をしていただき、より展示意図をよく知ることができた。
 はじめに「赤」について考古学的にみる。赤彩のある土器につづき、京都や江戸出土瓦などを展示し、「赤」あるいは「金」の政治的意味を示す。そして江戸後期の下級武士宅跡出土の内職用と思われるベンガラ作りのセットや一般庶民の漆器から「赤」の大衆化が示される。
 詳細は略すが、次のコーナーは仮面を通じて東南アジア各国における色の意味を探る。さらに民俗学的に喪服の色の変化と都市化との関係を探るコーナーへといたる。また、普段も触れるコーナーである第二室は実際の体験・体感を通して色のイメージを考えるコーナーとなっている。
 かつて「白」の持つイメージについて民俗学の本を用いて短文を書いたことがある。おそらく高2の国語の教師と聖なる色について話をした時のものだろう。また、縄文人が赤と黒を、あるいはヒスイの緑を重視した、という話もあったように思う。以来「色」も面白いテーマだとは思ってきたが、それをテーマとした研究には接していなかった。今回の展示で色と政治権力、あるいは思想と色、都市化、と色をめぐっていろいろテーマを設定できることを知った。私もいつか色という視点で何かをみてみたい。

そごう美術館「弘法大師空海と高野山の秘宝」
 仏教美術については最近再びぽつぽつと見に行くようになったもので、その知識もかつて考古学にはまる以前に得た程度である。従って、高野山に眠る膨大な資料の中で、高野山の学芸員によってその価値が明らかになった未指定の文化財、と言われてもピンとは来ない。弘法大師像、境内図、曼荼羅、仏像、仏画、法具、灌頂道具など多数の品物は美しく、見ていて飽きないし、心や頭が休まる。3館もまわるとさすがに疲れてくるし、思い出して書くのも疲れてくるので本日はこれでおしまい。

 東京大学総合研究博物館
 そごう美術館:弘法大師空海と高野山の秘宝展

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