管理人の日記 〜2002年3月〜先月日記トップ翌月
3月30日(土) 草創期の集落? 〜芝川町窪A遺跡〜
 草創期の馬蹄形集落が発見されたということで、静岡県芝川町の窪A遺跡の一般向け現地説明会へ行ってきた。
 当サイトの掲示板で 芝川町:芝川町大鹿窪 窪A遺跡発見

3月25日  〜佐倉市井野長割遺跡〜

3月24日  〜朝霞市博物館・埼玉県立近代美術館〜

 今回、博物館・美術館関係のMLのオフ会に参加させていただき、埼玉県の2つの館を見学した。

朝霞市博物館
  
埼玉県立近代美術館
 次に北浦和の埼玉県立近代美術館へ。駅からすぐの公園内にあり、優れた立地である。まず20周年記念の企画展「美術館物語」を見た。美術館の裏側を展示するこの企画展は、(1)ポスター等によるこれまでの歩み (2)調査・鑑定、箱書き、修復 (3)貸借・移動 (5)展示方法・次回展示の作業室 という構成でなりたっている。所蔵する作品自体や、その鑑定書、修復の報告書など個別に見るとミュージアムに関心のある者としては非常に興味深い。
 ただ、コンセプトとしては面白いものだが、様々な要素が「美術館の仕事」で一括りにされており、少々分かりづらい原因となっている。調査・鑑定も、貸借・移動も、展示方法も、それを軸として美術品を並べれば独立した展示として成り立つだろう。特に展示方法=見せ方=演出というのは一種のアートであり美術館という館種にも相応しい。大々的にやれば面白いと思う。いろいろな要素をまとめてしまわずに、個別に訴えかけていくのも1つの手ではないだろうか。
 常設展は同館の椅子のコレクション。実際に座れるのは楽しいが、美術展示としては何か違和感がある。前日のショールームの印象が強かったためだろうか。
 埼玉県立近代美術館企画展「美術館物語」


3月23日 昔の家事道具のショールーム 〜リビングデザインセンター「家事展 KAJI」〜

3月21日  〜神奈川県立歴史博物館「大正・昭和 くらしの博物誌」〜

3月16日 博物館実習旅行ノート 番外編 〜石の民俗資料館・讃岐うどん・瀬戸内海歴史民俗資料館〜

3月15日 博物館実習旅行ノート4 〜高知県立歴史民俗資料館・高知県立美術館・高知県立坂本龍馬記念館・桂浜・高知市立自由民権記念館〜

 最終日。もうお疲れ。でも皆はあれこれきちんとメモしているようだ。

高知県立歴史民俗資料館
 高知県立歴史民俗資料館

高知県立美術館
 今回、唯一の美術館である。私自身「美術館」は殆ど行ったことがなく、他の美術館と比較しての感想は述べられない。ただ、県立歴史民俗資料館と比べ、アクセスは格段によい立地である。水を基調とした庭に囲まれた広々とした館には、コンサート・映画上映・能楽などのイベントが開催されるホールも併設されている。
 館蔵の「シャガール展」、北澤美術館アール・ヌーヴォーガラス名品展、館蔵コレクション展として「'98水害作品修復報告展−甦る絵画たち−」が開催中であった。作品自体にはあまり興味を惹かれるものはなかったが、所々に彫刻などが置かれたアートな空間には、憧れに似た

 高知県立美術館 高知県立美術館ミュージアムショップ

高知県立坂本龍馬記念館
 高知県立坂本龍馬記念館

高知市立自由民権記念館
 「自由は土佐の山間より」をキャッチフレーズに、自由民権運動とそれを先導した民権家をテーマとした博物館。その展示内容は下記サイトでも示されているが、なかなか充実したものという印象を受けた。ただし日本の近代史を知る人には興味深いものの、そうでない人にとって、どこまで興味を持ってもらえるかが勝負である。その点言えば、展示室の上部に掲げられた民権双六は歴史の流れに沿って描かれており分かりやすいが、「土佐の先人30人」を紹介する展示は画一的であり分かりづらい。
 なお、これまた時間の都合で詳しく見ることはできなかったが、図書室とは別に設けられた郷土情報室や刊行物、あるいはコンサートなど教育普及面でも充実しているようであった。
 高知市立自由民権記念館

総評
 今回人文系ばかりだが、あわせて12の博物館を見学した。最後に、レポートの草稿も兼ねて、全体的な感想を述べておきたい。

 高知県立美術館と徳島県立博物館を除くと、大きく2つの種類に分類可能である。
 1つは、通史を扱った県立館3館と高松市博、もう1つは特定のテーマに絞った残りの館である。前者、特に県立館は規模の大きさからか一度に全体を把握することは難しいし、県という広域を対象とするため地域の独自性については今ひとつ焦点がボケるという難点はある。しかし、企画展をはじめ各種のイベントは広範囲を対象としたレベルの高いものが実現可能となっているようだ。また、その館だけを見に来る場合なら、一日ゆっくり時間をかけてまわることができるというのは魅力かもしれない。
 一方、後者は正岡子規、広瀬宰平、松山の考古資料、徳島城と近世徳島、坂本龍馬、自由民権運動などその地域独自のテーマを中心としたものであった。前者の大型館と比べ全体像の把握が容易である。俗に「縄文土器から防空頭巾まで」と批判されるようなステレオタイプな構成をとっている館が多い中、このような独自テーマを掲げている館を多く見られたのは有意義であったように思う。

 子供用にワークシート、あるいはそれを綴じた学習ノートなどを作成している館は多いが、今回の見学地でも何箇所かで目にすることができた。今回は展示方法を見るという視点があるが、特に興味のある資料が無い場合は我々だって見ているようで見ていない場合が多い。その点、こうしたワークシートは見所を教えてくれるので大人にとっても十分活用できるものであるといえるだろう。クイズ形式(回答式と選択式)、「見てみよう・気付いたことを書いてみよう」形式などが併用されているほか、解説がついているもの多い。だだ、紙の質や解説のレベルなどに関しては少々疑問に思う館もあった。

 最後になるが、各館で説明していただいた学芸員の皆様には非常に熱く語っていただいた。決して十分な環境ではない中で、有意義な事業を展開されている原動力を見た思いである。
 幾つかの館では、収蔵庫やその他の裏方の設備を見学させていただいたり、ボランティアの導入の是非や照明・配線などについての具体的なお話も伺った。ただ、それらについては体系的な講義を受けておらず中途半端な理解となってしまいかねないので今回は省略した。


3月14日 博物館実習旅行ノート3 〜高松市歴史資料館・徳島県立博物館・徳島市立徳島城博物館〜

 3日目は高松市から徳島市を経て高知市へ。これってかなりの大移動。なお一行は2〜3年生(名簿上は38名)と先生2人。

高松市歴史資料館
 図書館・菊池寛記念館と同じ建物内にあり、3館で「サンクリスタル」を構成している。
 高松市歴史資料館

徳島県立博物館
 県立図書館、県立文書館などのある文化の森総合公園に立地。県立近代美術館・県立21世紀館と同じ建物内にある。ここでは企画展示のみ見学し、展示技術についてお話を伺った。常設展が見られなかったことや、周辺館との関係などについて聞けなかったことが残念である。
 企画展は、国立博物館・美術館巡回展「信仰と美術」が開催中であった。学芸員の方は展示品より展示技術を見よというのだが、興福寺金堂鎮壇具や棟方志功のニ菩薩釈迦十大弟子をはじめ原始から近代に至る信仰の美術の優品には勝てない。個々の作品の感想は省略するが、例えば現在奈博に所蔵されている元愛媛県保安寺の地蔵像・竜樹像の展示にあたって保安寺に残る3像を加えた阿弥陀五尊像のあり方を復元した写真を置いたり、東博所蔵の阿弥陀立像の傍らに普段見ることのできない像底足裏の写真を置くなど単に作品を置いておくだけという以上の工夫がなされていたことは興味深い。
 徳島県文化の森総合公園 徳島県立博物館

徳島市立徳島城博物館
 徳島城内に立地する。駐車場から館に向かう途中、徳島市生まれの鳥居龍蔵の銅像があった。鳴門には鳥居の記念館があるが今回は行けそうもない。
 さて、この徳島城博物館だが、テーマを近世の徳島とし、蜂須賀家、徳島城、城下の生活などについて展示が行われている。展示内容や技法については、これといって特筆すべきこともないが、テーマが絞られている分他館よりも分かりやすいという感想を持った。また私のように博物館でのんびりしたい者にとっては、ロビーから名勝に指定されている「旧徳島城表御殿庭園」が眺められるのは嬉しい。
 徳島市立徳島城博物館

 高知市内泊。


3月13日 博物館実習旅行ノート2 〜松山市考古館・新居浜市立広瀬歴史記念館・香川県歴史博物館〜

 翌日は、松山から高松へ。バスでの移動である。遠くには、ぼんやりと瀬戸内海の島々が見える。近くには方々に溜め池。

松山市考古館
 われわれ考古学専攻生にとっては色々突っ込まれることが多いのが考古館であろう。ここに限ったことではないが、縄文の資料が乏しいのは少し残念である。他の博物館と比べれば、これといって特色のある展示ではないが、ここは市の埋文センターに併設されているということは見逃してはならない。埋文センターの展示としては充実していると思われる。
 なお、企画展として「伊予の鏡」が開催中であったが、ここで「破鏡」というものを知った。鏡の破片を加工したものであるが、鋳溶かさずに、再利用されるというのは興味深い。
 松山市考古館

新居浜市立広瀬歴史記念館
 続いて、新居浜市の広瀬歴史記念館と、旧広瀬邸へ。
 この辺りは住友の別子銅山によって栄えたところで、この館は、幕末から明治期に別子銅山で活躍した広瀬宰平の生涯を辿る記念館である。子規記念博物館と同様、関心のない者に興味を抱かせるような特別な工夫はなかった。夕方のミーティングでこの点を批判が出たが、、ここに至って思ったことは、興味がある人にとってはこうした長文の解説も苦にならないのではないかということである。例えば、考古系の展示においては私たちは型式名などの表示が欲しいが、多くの人にとっては不要である。簡略なものと詳細なものとを併置すればよいのではないかということである。
 旧広瀬邸は、広い邸内と庭園のほとんどの部分を公開しており、当時の暮らしを想像しながらのんびり過ごすにはいいと空間だろうと思う。しかし、我々は先を急がなければならない。
 新居浜市:広瀬歴史記念館

香川県歴史博物館
 高松城址に隣接して1999年に開館した地上7階地下2階の高層博物館である。高松駅からもすぐ近くというのは四国の中では最も便利な立地である。特徴は部門展示だという。松平家歴史資料、水とくらし、空海、宗教文化、産業と技術というテーマ別で空海室を除き頻繁に展示替えが行われているという。確かに総合展示室と比べると、壁の使い方などの点で手作りの展示というのがよくわかる。
 総合展示室は、天井が高く黒を基調とした空間で大型復元や露出展示を多用するという、近年の大型館に多い作りだが、他館に比べ実物資料が多いのが注目される。これは以前からあった瀬戸内海歴史民俗資料館から資料を引き継いでいるためだと思われる。また、完全に露出展示できない資料でも一部を開いており資料を身近に感じさせていた。なお、愛媛に続き、ここでも復元竪穴住居は弥生時代に設定されていたのが気になった。東では縄文・西では弥生という傾向があるのだろうか。
 例によって展示の見学時間が限られていたので個々の資料や細かいはほとんど見ることができなかっのが残念である。
 香川県歴史博物館

 高松市内に泊。


3月12日 博物館実習旅行ノート1 〜愛媛県立歴史文化博物館・内子町・松山市立子規記念博物館〜

 博物館実習というと、どこかの博物館に2週間くらい行って、いろいろ体験して帰ってくるという所がおおいようだが、うちの大学では、地方博物館の見学旅行を行う。私は四国地方をまわるコースに参加したが、これは4日間で四国4県、計13館をまわるというものであった。はじめはたくさん行けて嬉しいと思っていたが、それどころではない強行スケジュール。日程の大部分はバス移動で、見学は多くて1時間30分、ほとんど30分〜1時間というものであったため、展示資料までは手が回らなかった。
 従って、全体の展示構成と展示上の工夫など気付いた部分について書き留めておきたい。

愛媛県立歴史文化博物館
 1994年、宇和町に開館。歴史展示4室、民俗展示3室、および考古・文書の部門別展示室を常設展示とし、あわせてホール等の生涯学習機関としての設備をも持つ大規模な館。展示資料はレプリカも多いが、各展示室に大型の実物大模型を置き臨場感を出そうとしている。大きすぎて流れを掴むのは一苦労だが、例えば、歴史展示では弥生・鎌倉・江戸・昭和の各時代、民俗展示では海・里・山の各民家と住生活を基調に一貫した流れを追えるようになっているので、こうした点を積極的に利用し生活史を語ると良いのではないだろうか。一部吹き抜けの箇所があり、山車や牛鬼など大型の民俗資料が突き出している。リフレッシュ効果とともに、上部の構造が見えるという点でも興味深い。
 この他、テーマ展として「西条藩松平家のひなかざり」展、企画展として「南予地方の闘牛」が行われていた。雛人形の展示はこの先何度も目にすることになるのだが、文書展示室全室と共に、庄屋や商家の雛人形が前述の民俗展示室内の復元民家内に展示されているのは面白い。闘牛については時間がなく見ることができなかった。残念である。
 愛媛県立歴史文化博物館

内子町八日市・護国地区 重要伝統的建物群保存地区
 いわゆる町並み保存であるが、重要伝統的建物群保存地区の指定地の見学は初めてである。和蝋燭の産地として栄えたというこの町だが、現在生産しているのは1軒のみ。そこで作業の様子を見学した後、公開されている民家を見学した。特に木蝋の資料館が併設されている旧上芳賀邸では、道具などが実際に使われていた場所にそのまま展示されており博物館へ移設した場合よりも臨場感を感じさせる。実際に体験学習的な事業も行われているようである。
 一方、こうした町並の場合、実際に住んでいる方々がいるということも重要である。案の定、生活感はほとんど伺えない状態だったが、自分たちの生活空間をどこまで観光客に見せるのかという点はおそらく大きな課題となっているのだろう。
 内子町:観光ガイド

松山市立子規記念博物館
 1981年に開館した古い館である。記念館ではなく、記念博物館だという。それは、縄文時代からの松山の歴史を概観するという展示からも伺える。これは子規の誕生する幕末で、館のメイン展示である子規の一生へとリンクしている。私にとってはあまり馴染みの無い分野であるが、むしろそうした者にどうやって興味を抱かせるかが課題であろう。残念ながら文字資料と文字解説が多く、そうした点に関しては今ひとつという気もする。
 松山市立子規記念博物館

 この日は、奥道後温泉に宿泊。


3月9・10日(土・月) 古代祭祀から現代へ 〜天白磐座遺跡・浜松市博物館・二宮神社

3月2日(土) 社寺造営にこめられた祈り 〜横浜市歴史博物館企画展「中世の棟札」〜

 横浜市歴史博物館で開催中の「中世の棟札 −神と仏と人々の祈り−」を見に行った。棟札は、新築や修繕などの際に願主・年月日・大工などを記して棟木などに打ち付けられたものだが、今回の企画展では、歴史資料としての性格の提示や、棟札自体の変遷を目的として中世の棟札約百点が一堂に集められていた。
 棟札自体は定形的な板であり、そこに記された墨書もほとんど定型的な内容なので、地味な展示ものと言わざるを得ない。しかし、それは私のよう棟札のことを何も知らない者の第一印象であって、おそらく土器や石器の展示も他分野の人が見れば同様の感想を抱くに違いない。要は、その中の細かい違い、あるいは差違に対する共通性をどのように展示していくかが問題である。
 さて、傍らの展示解説を見ながら棟札に書かれた内容を1つ1つ見ていくと、いろいろ興味がそそられる。例えば、記録重視の内容から「天地長久」等の祈願文をも記載した内容への変化という問題。室町時代になると「急々如律令」や独特な記号といった陰陽道の影響も見られる。
 また、寺社に伝わる棟札を並べ、どのように変化したか、あるいはしなかったかというコーナーも面白い。後者の例として挙げられた仁科神明宮の場合、領主が代わってもほぼきちんと式年遷宮が行われたことが分かる。中世後期には造営が支配層と被支配層の共同出資で行われていたことを示す棟札もある。次第に信仰の対象として御神体と同様に見られているという指摘も興味深い。
 最後に神奈川県内の棟札が集められていたが、後北条当主の花押入りの棟札などが存在する一方、数としてはほとんど残されていないことも驚きである。
 また、出品資料の中には文化財指定を受けているものもいくつかあるが、美術工芸品として指定されているものと、建造物の「附」となっているものと区分に違いがあることもちょっとした発見であった。
 以上のように展示のメインは棟札を通してその背景を明らかにすることにあるのだが、棟札取り付けに関わる上棟式についての展示もあった。資料は秘伝書や絵巻・大工道具類で写真パネルや復元品も多かったが、棟札と信仰の問題を考えるには上棟式という建築儀礼を紹介することは意義のあることであろう。
 これまで単なる建造年・主の記録と思っていた私にとっては、棟札だけで、ここまで中世の信仰の様相が具体的に見えてくるとは思いもよらなかった。棟札の価値観を大いに変えてくれた展示であった。

横浜市歴史博物館「中世の棟札−神と仏と人々の信仰−」

縄文学研究室日記トップCopyright (c) 2002 Nakamura Kousaku
E-mail:info@jomongaku.net