管理人の日記 〜2002年9月〜先月日記トップ翌月
9月28日(土) ポーラ美術館 開館記念展「光の中の女たち」
ポーラ美術館
9月22日(日)・23日(月) 峠の祭祀 −祭祀考古学会長野大会−
 祭祀考古学会の平成14年度長野大会が阿智村・阿智村教育委員会の後援を得て長野県下伊那郡阿智村で開催された。阿智村は峠の祭祀として名高い神坂峠をはじめ古東山道沿いを中心に多数の祭祀遺跡が存在する地域である。私は事務局の手伝いと國學院大學学術フロンティア事業に関わる現地確認を兼ねて参加させていただいた。朝7時に新宿を出発、中央道バスで飯田に向かう。1時間遅れたがなんとか間に合った。

 初日は村の公民館での研究会。会長および阿智村長の挨拶に引き続き、飯田市立上郷考古博物館館長の岡田正彦氏によって基調講演「飯田・下伊那地方の祭祀遺跡 −特に下伊那地方の祭祀遺跡を集成してみて−」が行われた。
 岡田氏は、はじめに飯田・下伊那地方の旧石器時代から古代までの考古学的特徴について概説された。中でも馬具・埋葬馬の出土量が全国一の規模であること、東国では珍しい富本銭や和銅銀銭の分布など古墳時代から古代にかけての指摘された点は興味深い。
 次いで、下伊那地域の祭祀関係の資料を整理された。関係資料の集成結果をもとに代表的な遺構・遺物として、縄文時代では瑠璃寺前遺跡、前田遺跡、中村中平遺跡の配石関係の遺構や土偶、石棒・石皿の興味深い出土例を、古墳時代以降の遺構として天伯B遺跡の祭器群の出土した遺構、恒川遺跡・田村原遺跡・天伯B遺跡の石製模造品の出土した住居について、遺物では双口土器や子持勾玉について紹介された。また、この地域の石製模造品のうち80%以上が阿智村に集中していることも指摘された。これは祭祀の性格や担い手を考える上での鍵となり得るデータであろう。

 続いて國學院大學日本文化研究所所長の椙山林継氏によって「峠の祭祀 −神坂−」と題して記念講演が行われた。神坂峠は古東山道の美濃・信濃の境であり、もともと祭祀遺物が出土することが知られていた遺跡で、昭和42年に國學院大學・名古屋大学・長野県考古学会の三者の協力で発掘調査が行われた。椙山先生は発掘当時の大学の助手である。
 当時の教育長が毎日のように山を下って必要物資を調達してきてくれたこと、牛糞にまみれた山道の往復のこと、霧が多く午後は殆ど作業ができなかったこと、雷が下の谷に落ち体が吹っ飛ばされたこと、当時としては調査費が高く国の方から文句をつけられたことなど当時の思い出を披露された。そして当時果たせなかった昭和42年以前に採集された資料や近隣の祭祀遺跡を含めた整理の必要性を改めて指摘された。
 さらに現在先生が委員長をつとめる國學院大學学術フロンティア事業の一環としてデジタル化を進めている神坂峠・入山峠の調査時のカラーリバーサルフィルムおよび大場磐雄先生の写真乾板資料の一部の紹介を兼ねて、写真を見ながら当時の様子や遺物の解説をされた。なお、これらの写真は私が製作を担当している同実行委員会のWEBサイトで公開されているものである。
 最後に、神坂峠や入山峠の祭祀の担い手に関して、こうした遺跡が全国的に分布せず長野県に集中していることから地方的な祭祀であった可能性を述べられた。これを証明するには今後土器の分析などが進められる必要があるという。また、長野県の位置が畿内と東国の境であったことも重要な点であるというを大型銅鐸や前期の竪穴式石室の分布状況を絡めながら説明された。

 最後に地元の今村善興氏によって展示資料の説明があった。別の作業があったためきちんと聴けなかったが、石製模造品と陶器類についての研究の必要性を述べられたと思う。
 この後、別室に展示されている石製模造品や陶器類を中心とした神坂峠をはじめとする阿智村の出土品を見学した。写真で見慣れている資料も実物を見ると意外に小さいものばかりで、写真の与える影響を強く感じた。
 これで初日の研究会は終了。夜は昼神温泉の宿で懇親会である。

 2日目は遺跡見学会。毎回この現地見学が大会の目玉となっているらしい。天気を心配しながらバスで出発。
 まず阿智村の名の由来になった式内社阿智神社の奥宮に参拝。ここには磐座とされる石が祀られている。今のところ遺物などは見つかっていないようだが、立地も2つの川の合流部であり神祭りの場として相応しい。
 ついでいよいよ神坂峠に向かう。今回は時間の都合でスキー場のロープウェイ、リフトを使って山をあがり、そこから再び車で峠に向かった。現在は遺跡のすぐ近くまで車で来れるようになっている。多少の峠道は覚悟していた私としてはいささか拍子抜けしたが、そこから伸びている古道は昔の面影をよく残しており(実際にその雰囲気がいつの時代まで遡れるかは分からないが)、いつか歩いてみたいという気にさせられた。
 ついた当初は霧が出ていて遠方は全然見えなかったが、帰る頃には晴れてきて中津川側、飯田側それぞれ眺望を楽しめた。また我々の仕事はこれらの眺望とかつての調査時の写真に写っている眺望、遺跡の現状と調査時の景観との比較のための写真撮影である。その成果についてはいずれ報告があると思うが、三十数年たってもそれほど大きな違いはないように思われた。
 峠越えの厳しさについては実感することはできなかったが、峠を境にした双方の景色を眺めていると、後は下るだけという古の人々の安堵感はわかるような気がしてきた。
 再び麓まで戻り、神坂神社へ。峠からの古道はこの神社前を通っている。杉や栃の巨木に囲まれた同社の境内には磐座の可能性も指摘されている、日本武尊腰掛石と称する岩が存在する。祭神は住吉神ということである。
 少し下ったところで昼食。五平餅とそばが出てきた。神坂神社を含めこの辺りは考古学的・文学的・歴史伝承的な遺産が豊富に残っており、園原の里として村の史跡指定を受けている。
 最後の見学地は網掛峠の麓の大垣外遺跡である。信濃側からの古東山道はここから山道に入る、あるいは逆にいえば峠道を下ってきてなだらかな道に変わる、そういう場所である。ウォルター・ウエストンも恵那山から網掛峠を通って降りてきた際、この辺りの南アルプスの眺望に感激したという。その記念碑も近くに立っている。
 さてこの遺跡は地元の熊谷氏が自宅庭周辺で350点以上の石製模造品を採集したことから知られるようになった。その後圃場整備に先立つ調査でも多数の祭祀遺物、道路跡、土器埋設地点などが検出されている。現在は何も遺跡の面影はないが、その立地状況を見るだけでも十分な価値がある。また、前述の熊谷氏によって「古東山道祭祀遺跡の地」という立派な石碑が建てられていることも地元の歴史意識を知る上で興味深い。今回の大会で準備・ガイドでお世話になった村役場の方もそうだが、これらの文化遺産を誇りにしていることが伝わってくる。(02.9.25)

 阿智村(恵那山ねっと)
 國學院大學学術フロンティア事業実行委員会椙山林継氏神道考古学写真資料


9月19日(木) −東京都写真美術館こどものための写真展「写真ってなんだろう」−
 谷川俊太郎氏の構成による《こどものための写真展》。真脇に滞在中NHKの日曜美術館で紹介されて興味深く思っていたのだが、会期中に間に合った。
 本展は、写真の性質、いわば写真を見るとき注意すべきこと、頭に入れておかなければならないことをわかりやすく展示したものであり、以下の5つのパートに分けられてる。
 「ほんとのりんごと写真のりんご 」では、赤外線写真やホログラムなど多様な技術で撮ったりんごを紹介し、本物とそれらの写真の違いについて考える。
 「わたしはだれ?」では子どもの写真が並べてあるが、CTスキャン画像やセンサーで自分の体温が映るコーナーもある。人の形は写しても心までは写せない、というのか表情を写せば心までわかるというのか、まあ、どちらでもいいのであろうが、そういうことを考えた。
 「さいぼうからうちゅうまで」では顕微鏡写真、望遠鏡写真、X線写真、連続写真などが展示され、様々な対象を撮影できることが示される。これらの写真は「これは何?」という疑問を抱かせるものも多く謎解きが楽しい。
 「しゃしんはうそをつく」では、修正された写真や一枚の写真に異なったキャプションをつけたものなどが示され、写真をそのまま信じることはできないことを説く。後者についてはアンケートとともに「あなたならどういうキャプションをつける?」という募集もしていた。
 「しゃしんのいま、むかし」では写真の記録性とともに、タゲレオタイプからはじまる写真の記録媒体の変化も追えるようになっている。
 いずれのテーマも面白いものだが、その素材として取り上げられたそれぞれの写真自体も面白い写真で構成されており、非常に楽しく見学することができた。夜間開館時に行ったので子どもの姿は見られなかったが、実際に子どもたちがどのような反応を示すのか興味深いところである。
 なお、当日は新人写真家を発掘・育成するというキヤノンの文化支援プロジェクト「写真新世紀」の10周年記念展「Futuring Power」展や渋谷をはじめとする東京の定点観測写真なども見ることができ、写真の「見ていて面白い」という面を実感することができた。(02.10.2)

 東京都写真美術館こどものための写真展「写真ってなんだろう」
 プロジェクト こどものための写真展「写真ってなんだろう」


9月17日(火) パルテノン多摩歴史ミュージアム特別展「郊外行楽地の誕生〜ハイキングと史蹟めぐりの社会史〜」
 御岳山や高尾山あるいは向ヶ丘遊園、よみうりランドなど多摩地域には数々の行楽地が存在するが、これら行楽地の、発生と展開についての特別展が多摩市の複合文化施設パルテノン多摩内の歴史ミュージアムで行なわれた。
 「郊外行楽地の誕生〜ハイキングと史蹟めぐりの社会史〜」と題したこの特別展は「観光ブームのはじまり」「史蹟めぐりの興隆〜歴史の検証と観光化〜」「ハイキングのススメ〜自然の中で「体力増進」〜」「遊園地の盛衰〜多様化するレクリエーション〜」の4つのパートで構成され、昭和初期から現在に至る多摩地域の行楽地の盛衰を伝えている。
 「観光ブームのはじまり」では、JTBや京王・小田急による沿線の観光開発が取り上げられた。次いで「史蹟めぐりの興隆」では武蔵野の観光化、史蹟名勝天然紀念物調査、多摩御陵、「聖蹟」などが取り上げられた。文化遺産の活用という私の専門テーマと重なる部分であり興味深い。これらは近代天皇制の基盤作りという面があったのであろうが、同時に私は鉄道会社や地元の積極的な観光資源化の動きにも関心を抱いた。両者の利害が一致して整備が図られたと捉えられよう。
 続いて「ハイキングのススメ」では、ハイキングの始まり、そして戦時色が強まる中で他の娯楽が制限されていった一方で、体力増強の手段としてハイキングが奨励されたことを伝える。この中には史蹟・聖跡への遠足も含まれている。大正期頃から気軽に登山を楽しむ「低山登山」のブームが起こる。「奥多摩」なる名称がはじめて使われたのもこの頃だという。日中戦争以後の資料としては「体力向上銃後の備へ」などと題した鉄道局のポスターや体錬歩行路図、あるいは精神修養のための遠足の際の礼状などが展示されていた。このような名目の変化はあっても戦後もこうしたハイキングの動きは継続していく。
 一方で、昭和初期からは遊園地も行楽の形態として注目されてゆく。多摩川原、京王閣、京王遊園など私は知らない遊園地や、向ヶ丘遊園、よみうりランド、多摩動物公園など私も小さい頃連れて行ってもらった遊園地、さらにピューロランドなど最近のものまで紹介されている。起伏に富み自然も豊かな環境がこうした遊園地の立地に適していたとされている。しかし近年閉園になるものも多く、娯楽の多様化が進んでいるという指摘で結ばれている。
 本展を通じ、最も印象に残ったのは史跡、ハイキング、遊園地いずれも各鉄道会社および地元の積極的な観光開発の賜物であったことである。また、行楽地の盛衰は都市生活の変化に対応していることを考えさせられたのも新鮮に感じた。希望を言えば、資料が観光案内(図)と写真・絵葉書に偏っていたので、もう少し多様な資料があればと思う。  近現代史の展示はなかなか見学する機会はないのだが、本展は、誰にでも思い出のある行楽地という身近な素材をを取り上げている点で面白いものであった。京王沿線の資料が多かった本展であるが、基本的な構図は変わらないであろうと私の住む小田急沿線を思い浮かべたりもした。
 また、展示の最後には多摩地域の地図が用意され、観覧者がお薦めスポットにマークするというコーナーや、展示で取り上げられた書籍の一部や案内図のコピーが自由に閲覧できるようになっていた。絵葉書についてもパソコンで検索可能であったように思う。こうした観覧者への配慮も嬉しい。
 なお、同時に「『信仰の山』と人々」というミニ企画展が開かれていた。相模大山、御岳、榛名、富士、高尾、三峯、秋葉など江戸期からの山への信仰を紹介するものであるが、特別展との関係で言えば江戸期以来の行楽地と言ってもよいだろう。お札、掛け軸、講の文書など本展は「信仰」の面を前面に出した展示であるが、行楽地としての側面は特別展のハイキングのパートへと続いているとも言えようか。(02.10.2)

  パルテノン多摩ミュージアム


9月16日(月) 横浜市歴史博物館企画展「たのしい考古学」
 横浜市歴史博物館で子ども向けの企画展「たのしい考古学」が開催されているということで最終日に見に行った。
 はじめに「1.大地からのメッセージ」として石器や土器が時代順に並べられる。次に「2.考古学の考え方」として層位学的方法(貝塚剥取標本)や型式学的方法(加曽利E式土器の変遷や弥生後期の土器分布)が、「3.発掘調査と資料整理」として調査から整理の一連の流れを主として道具と写真で示す。さらに「4.ひろがりゆく考古学」として近代遺跡の調査例や土器作り実験の成果などが紹介され、最後に「考古学は未来学」としてメッセージが掲げられている。
 こうしたテーマで開催されたことはすばらしいことだと思うが、展示だけを見た感想は、やはりこうしたテーマは難しい、というものである。考古学の資料としては遺跡・遺構・遺物とその関係など多数ある中で、なぜ土器と石器だけが、しかもそれぞれ別に展示されているのか? 土器の形が変わっていくのは分かるが、そこから何がわかるのか? 展示を見ただけでは分からない。いきなり壺・甕・高杯といった用語も分かりづらいのではと思う。発掘や整理の流れにしても何のための作業かは分かりづらいし、例えば土の中からモノが出てくる面白さ、拓本に模様が現れてくる面白さなどが伝わってくるだろうか。
 今回の企画展会期中には「やさしい展示解説」や土偶・勾玉作り、野焼き、古代米体験などのイベントが行われる他、常設の体験学習室内で実際に持ち上げて縄文土器の重さを実感できるコーナーや石器に触れるコーナーがある。イベントについては分からないが、体験学習室では(毎度のことながら)楽しい体験ができた。(02.10.2)

 横浜市歴史博物館企画展「たのしい考古学」


9月8日(日) 奥能登めぐり  輪島朝市
 輪島漆器資料館 輪島市漆器商工業協同組合
 千枚田
 上時国家
 輪島市民俗資料館
 下時国家
 奥能登塩田村「揚浜館」
 禄剛埼「海から昇る朝日と、海に沈む夕日が同じ場所で見られる」
 珠洲焼資料館

9月1日(日)〜9月15日(日) 真脇遺跡第7次発掘調査


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