管理人の日記 〜2002年10月〜先月日記トップ翌月
10月27日(日)  卒業論文第1次題目
 この2〜3週間ほど、図書館・研究室はいつになく盛況であった。卒論の第1次題目を決めねばらならないからだ。他の専攻などでは単にタイトルだけを決めるだけで簡単に判子をもらえるところもあるようだが、うちの場合は違う。扱う資料、方法論、結論の見通しを立てる。当然といえば当然だが、そのために皆、大量のコピーや高価な専門書の購入に奔走していた。
 私は、多くの方の助言に従い、すでに昨年には決めてある。だからこの1ヶ月の出費は最も少ない部類だと思う。判子も早めにもらった方である。しかし、同じように1年のときからいろいろ考えながらやってきた友達の中には、ここに来て迷う人もいた。扱う素材については既に多くの資料を持っている、しかしそれをどう展開させえるか? 何と関連付けるか? いろいろ考えてきたとしても卒論では多くのことはやれない。きちんと話を聞いたわけではないが、どれを選ぶか考えていたようである。私も書き始めるとかなりの部分を切り捨てざるを得なくなるだろうし、大幅な変更もあり得ると思うが、今回は早く出すことを優先させた。
 友人が選んだテーマは、例えば、硬玉、土製耳飾、土偶、土器、石器、土鈴、集落、敷石住居、石棒、石室、首長墓、都市など。私と同じ中期末〜晩期という時期を扱うもの、同じ墓制を扱うもの、敷石や石棒、型式論などかつて小文を書いたテーマ、方法論的に興味のあるもの、その人が前からやっていたテーマでその展開が気になるものなど、夫々強い関心がある。自分のことよりも周りが何をどうするかの方に興味がある。それぞれの成果を共有しあうことはもちろん、自分ができないことを彼らに期待している面もある。
 私の第1次題目は「縄文時代後期における墓域の研究」である。タイトルは再考の余地がある。詳しくはこちら

10月20日(日)  北区飛鳥山博物館「七社神社前遺跡の“諸磯”集落」

10月13日(日) 相模国高座郡衙と弥生の環濠集落 〜茅ケ崎市下寺尾西方A遺跡〜
 神奈川県立茅ヶ崎北陵高等学校の建替えに先立ち同校のグラウンドでかながわ考古学財団による発掘が行われているが、このたび現地見学会が開かれた。目玉は弥生時代中期の環濠集落と、古代の郡衙施設と推定される建物遺構である。
 弥生住居やその中の土器の出土状況、V字状の環濠もさることながら、やはり大きく、整然とした倉庫群や郡庁域の柱跡には驚く。
 帰途、下寺尾廃寺へ向かったが、「七堂伽藍」という立派な石碑が礎石の上に建てられていた。正確に確認できなかったが昭和20年代の建立であったと思う。文字は知事の筆、裏にはおそらく賛同者と思われる大勢の人の名前が書かれている。地元の文化財への意識を知る上で興味深い。
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