管理人の日記 〜2002年11月〜先月日記トップ翌月
11月30日(土) 國學院大學学術フロンティア事業 シンポジウム「画像資料からよみがえる文化遺産」

11月23日・24日(土・日) 第3回大学合同考古学シンポジウム「埴輪を見分ける」

11月22日(金) 大山古墳・なにわ歴博・池上曽根遺跡(弥生文化博物館)・和歌山市立博物館「参詣曼荼羅と寺社縁起」

11月17日(日) 古典芸能鑑賞会
 國學院大學120周年記念事業の一環として渋谷公会堂で開催された、東儀秀樹氏の雅楽のコンサートへ行ってきた。東儀氏は本学出身ということで在学中の思い出話なども織り交ぜたトークと演奏とで普段とは一味違った時間を過ごすことができた。

11月16日(土) 遺跡公園と体験事業 〜長門町原始古代ロマン体験館・茅野市尖石縄文考古館〜

11月12日(火) ふたたび「日本のこころとかたち」展

11月10日(日) 国立歴史民俗博物館企画展「中世寺院の姿とくらし」

11月7日(木) 國學院大學創立百二十周年記念展「日本のこころとかたち」
 渋谷、東急百貨店本店の催物場にて「日本のこころとかたち」と題した展示がはじまった。わずか1週間の会期だが、國學院大學の考古学資料館、神道資料館、校史資料室の所蔵品を広く展示し、建学の精神を伝えようという試み。小林達雄教授が実施委員長をつとめる。
 私は初日に博物館学の授業の一環として見学した。会場の真ん中にエスカレーターがある関係で、3つのゾーンがバラバラになってしまっている感は否めないが、それぞれ興味深い展示が行われていた。
 中でも考古学ゾーンの展示技術は力が入れられてた。資料自体は普段考古学資料館のガラスケースに陳列されているもので私にとっては必ずしも目新しいものではないが、土器のほとんどを露出展示したり、立体写真や顕微鏡写真、パズルなど「覗き」「回転」という展示への参加という要素を取り入れたり、あるいは石器に現代の工具を併置するなどの試みは面白い。柄鏡の拓本体験コーナーもある。
 神道ゾーンでは牛王宝印や神像、祭礼図屏風が、校史ゾーンでは元本学教授であった柳田国男、折口信夫、金田一京助などの関連資料もみられる。
 もう一度、最終日に見学予定なので詳しい感想は改めて書きたいと思う。
 なお、会場の様子は下記ページの写真をご覧いただきたい。このうち「考古学関係展示コーナーに展示された発掘道具」の写真で、機材の背景に使われている写真は今年8月の美利河1遺跡K地点第7次調査の調査風景であり、手前に展示されているレベルを覗く人物のお腹の下に見える白い帽子を被っているのが私です。
 本展は11月12日まで開催。

 國學院大學國學院大學創立百二十周年記念展示会『日本のこころとかたち』好評開催中
11月3日(日) かながわの遺跡展2002「石器時代の狩猟 槍から弓矢へ」

11月1日(金) 縄文土器の名品たち 〜釈迦堂遺跡博物館・山梨県立考古博物館〜

 学園祭の休講期間を利用して山梨へ行ってきた。あいにくの雨の中、私の運転する車で山梨に向かった。中央道を運転するのは初めてである。幸い平日で渋滞はない。まず釈迦堂遺跡博物館へ。一昨年の11月に先輩に連れてきていただいたが、パーキングエリアからの見学ははじめてである。中身の感想は省略。

 続いて山梨県立考古博物館へ。ここへは97年に一度来て常設展を見た。周囲は風土記の丘となっており古墳が点在する。ただ以前は時間の関係で、今回は天候の関係で、銚子塚古墳と丸山塚古墳にしか登れなかった。いずれも明治期から知られている古墳である。近年整備され芝生で覆われているが、墳頂には昔からの木がそのまま残されている。木を残した意図については知らないが、日陰が確保されるし、独特の景観を醸し出していて私は好感を持っている。実は、國學院大學フロンティア事業で整理している大場磐雄博士の写真乾板資料の中に数十年前の古墳の姿が映し出されているものがあるのだが、当時の墳頂も同様な景観であったように記憶している。

 さて、今回の特別展「技と美の誕生 〜名宝でつづる縄文文化〜」は山梨県立考古博物館の開館20周年を記念して開催された。図録冒頭の大塚初重館長の挨拶文によると「縄文時代の高い技術と芸術性あふれる美しさにふれ」ることを目的としている。まず草創期と晩期の資料、次いで中期の土器、さらに漆やヒスイ製品、最後に動物意匠。タイトルにあるように国宝・重文を「名宝」と呼ぶに相応しい東日本各地の著名な資料が一堂に会している。
 草創期の資料では花見山遺跡や表館遺跡や日向洞窟、晩期では是川中居遺跡や玉清水遺跡の土器、千網谷戸遺跡の土製耳飾、押出遺跡や是川遺跡の漆製品、境A遺跡のヒスイ製作関連資料、韮窪遺跡の狩猟文土器をはじめとする動物形土製品や動物意匠付土器など。中でも、草創期の粥見井尻遺跡の最古級土偶と晩期の恵比須田遺跡の遮光器土偶、道訓前遺跡の焼町土器・曽利遺跡の水煙土器・笹山遺跡の火焔形土器の共演はなかなか見られない。笹山遺跡出土火焔形土器(一括資料のうちの一部)と縄文のビーナス(複製)という国宝コンビも冒頭に展示されている。
 とまあ、これはこれで凄いのだけれども、やはり山梨での展示ということで山梨の資料に注目したい。晩期では金生遺跡の資料がある。土器はそれほどのインパクトはないものの中空土偶や土製耳飾は美しい。また中期の土器としては御所前遺跡の誕生土器、酒呑場遺跡の抽象文土器たち、鋳物師屋遺跡の人体付有孔鍔付土器、一の沢遺跡の土器群、そして県内各地の大型の曽利式土器。これらは上記の県外の著名土器に負けてはいない。また前期の天神遺跡や甲ッ原遺跡出土の彩漆土器片や同じく展示いい席の最古級(前期)のヒスイ製大珠、あるいは県内各地の蛇体文なども後半の各パートの中で重要な位置を占めている。
 こうして見てみるとこの展示は山梨の縄文資料を東日本の優品の中に位置付けるもの、と言えそうである。それは、つまり東日本や山梨の縄文文化全体をカバーしているわけではないということでもある。早期の資料は皆無だし、後期の資料も動物意匠に限られている。草創期を除くと石器はなく、木製品も少ない。骨角器もない。これらの資料にも「高い技術と芸術性」を伴うものはあると思うのだが、少々残念であった。
 東日本各地の資料はそれぞれ一度は目にしたことのあるものであったが、山梨の資料を含めて改めて見ることができたのは嬉しかった。誕生土器の裏側についている顔や土製耳飾の厚さや細かい細工など、以前と違った発見がある。

 山梨県立考古博物館
縄文学研究室日記トップCopyright (c) 2002 Nakamura Kousaku
E-mail:info@jomongaku.net