管理人の日記 〜2003年3月〜先月日記トップ翌月
3月9日(日) 記憶される建物 〜「同潤会記憶アパートメントVol.2」〜

 建造物は周囲の人工物や自然物あるいはそこを行く人々と徐々に調和し独特の景観を構成する。その景観は、そこから発信される情報やそこを行く人々の思いなどと共に、その場所についての人それぞれ独自のイメージを形成する。

 同潤会青山アパートが取り壊されるという話は何度か耳にしてきた。といっても 特別、建築が好きなわけではないので同潤会アパートという名は知らなかったし、表参道も年に数回通るだけの私にとってこの問題が景観の問題や建築物の保存という文脈で語られなければ関心を持たなかったかもしれない。私にとっては、自分にはあまり縁のない、だからこそあこがれるオシャレな街「表参道」の一角を構成する建物、いくつか頭に浮かんでくるドラマのロケ地、というのがこれまでのイメージであった。

 同潤会青山アパートは原宿と青山を結ぶ表参道に面した、古びたコンクリート壁と生い茂ったツタの葉が印象的な建物である。関東大震災後の集合住宅として建築史的に重要な位置を占めるとともに、現在では表参道の景観を構成する大きな要素として評価され、日本建築学会をはじめ多くの保存要望が出されている。一方で、築造から70年以上も経ち、居住者が不便な生活を強いられていることから以前から建て替えの話が出ており、ついに今年取り壊されることになった。跡地には安藤忠雄氏設計の地上6階、地下6階のビルが建つ予定である。東側1棟は現在の外観を残し、現在の部材を使用することで「風景の保存」を図るという。

 その場所で、アパートの記憶をテーマにしたイベントが大学院生の手によって行われていると知り、最終日の今日そこを訪れてみた。アパート周辺には私同様カメラを持った人を何人か見かけた。
 「同潤会記憶アパートメントVol.2 〜建築の記憶を未来へつなぐ〜」は建築学を専攻する石丸彰子さんの主催で、アパート内の「夢どうり」というギャラリーで開催されていた。アパートの写真、昨秋の紅葉したツタの葉、写真をつなぎ合わせたムービー、関連図書など壁や床に並べられていた。昨年9月15日から29日にVol.1を同所で行ったというが、その際の写真や来場者のメッセージも掲げられている。
 この建物には様々な人の様々な思いがあるだろうし、取り壊しの是非は非常にデリケートな問題である。そうした状況もあって、このイベントは建物自体の保存を訴えるのではなく、この場所の「良さ」を残したい、という思いから始めらたのだという。主催者側が示す「良さ」とともに、メッセージカードや写真の持ち込みという形で来場者の思いも残せるようになっている。ここで集めた「良さ」の要素は次の建物にも活かしてもらいたいと言う。
 この展示は3月3日から9日という一週間だけのものだが、今後もこの活動を続けていきたいとのことだった。写真やムービー、メッセージなどはインターネット上でも公開されている。

 今回ここを訪れ、外観を眺めたり中に入ったりして感じたこの建物の味わいは、私なりの「同潤会青山アパート」のイメージを大きく膨らませるものであったし、またこのイベントで示された様々な「思い」には大いに共感するところがあった。
 だが、それ以外にも私の心を捉えたことがある。
 1つは、記憶の保存という考え方。現状維持、建物の移築、内装のリニューアルなど建物自体を残す案はいくつか考えられるし、今回適用される記録保存や外観の維持などの手段もあるが、いずれも個人の力ではどうにもならない。しかし、記憶を残すというこのイベントは個人レベルで行えるものである。
 また、各自の思いを文章、写真、絵画、模型などの形で表す。その作品自体がアートである、という点で創造性を持ったイベントとして捉えられるという点も見逃せない。
 さらに、対象の広さ、という点も指摘したい。冒頭に述べたように、私は直接的にはこの建物のことは知らない。だが、間接的にはイメージを持っている。このイベントではその間接的イメージすら取り込めるので、多くの人に参加してもらうことが可能である。

 文化遺産の保存、文化遺産を使ったイベント、という2つの関心から訪れた今回のイベントであるが、行ってみるとそれらを含んだ新たな方向性を見ることができた。今後の活動が楽しみである。(03.03.09)

 同潤会記憶アパートメントVol.2
 Do+Prpject 同潤会青山アパート再生
 同潤会アパートメントの記憶


3月1日(土) 三浦半島の博物館 〜横須賀市自然人文博物館〜
 長年神奈川県に住んでいたわりには、三浦半島はどうも未知の世界である。伊勢原からだと一度横浜に出てから、これもなじみの薄い京急線に乗り換える必要があるからだろうか。
 ともかく、神奈川県内でも数少ない市立の「博物館」を未だに見てないというのもまずいと思い、「三浦半島の横穴墓」という特別展にあわせて行ってみることにした。横須賀といえば米軍基地の街というイメージもあるのだが、当日はあいにくいの雨で博物館へ直行直帰だたのでデモ隊に出くわす以外はそうした感触はなかった。

 横須賀市自然人文博物館は1954年に開館した県内でも古い博物館で、横須賀市内だけでなく三浦半島全体の自然と人文をテーマとしている。展示自体はこれといった演出は見られなかったが、市内の資料を中心に三浦半島の歴史的変遷やその特徴が示されていた。研究書や解説書の発行や、イベントの案内や他館特別展の一覧表の作成配布などはかなり充実している。リーフレットの冒頭に、生い立ち・博物館の使命・博物館の事業がきちんと載せられているのも良い。

 三浦半島には私が卒論で扱おうとしている縄文後期の資料は多くなく、晩期にいたってはほとんどない状況である。神奈川県内の多くの縄文展示では中期の華やかな土器がメインであるのに対し、ここでは早期の資料が大きく扱われているという特徴が見られる。
 特別展で取り上げられていた横穴墓の位置づけも他地域と異なる。三浦半島では、葉山町の長柄桜山などの前方後円墳も見られるが、その後大きな古墳は見られず、代わって首長層も横穴墓に埋葬されたという特徴が示されていた。この地域に特徴的な弥生墓制である海食洞窟内埋葬などともあわせて興味深い。(03.03.10)


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