管理人の日記 〜2004年2月〜先月日記トップ翌月
2月28日(土) 長野へ
 助手に率いられて先輩・後輩たちと長野へ行ってきた。途中で交代し、久しぶりに車を運転してまずは北相木村の博物館へ。ここは、縄文時代早期の居住・埋葬遺構として著名な栃原岩陰遺跡の資料を中心とした博物館である。
 海産性の貝や細かい細工を施した骨角製装身具など、内陸部でありながら豊富に残っている遺物は興味深い。また、12体の人骨の中には落盤で圧死したとおもわれる遺体や、平らな石を抱石に使用して埋葬された人骨も残っている。なお、時間の関係で、洞窟自体は見ることができなかった。
 次いで長野県立歴史館へ。ここは森将軍塚古墳の麓であり、それを探せば簡単にたどり着くはずであった。しかし、これまで夏に2度来たときは目立っていた整備済みの古墳が冬場の今回は全くといっていいほど目立たない。これはちょっとした発見であった。
 「特別公開 神子柴遺跡の石器群」が今回の主要目的である。神子柴遺跡の大きくしっかりした尖頭器、室谷洞窟の薄手の土器などには驚かされた。

2月10日〜2月18日 ロンドン・パリ10日間〜美術館と遺跡と教会の旅〜
2月14日(土) パリー通信(2)
サクレ・クール寺院
 クールとは心臓のこと。この寺院を作った修道士の心臓が安置されていることから名づけられている。ホテルから歩いて10分ほどで、モンマルトルの丘につく。寺院はこの上にある。1876年から建設が始まったロマネスク・ビザンチン様式の建物で、高さ85mのドームを持つ。非常に大きい。特に中央の円形ドームと主祭壇上の半円形のドームを見上げると圧倒される。前者は吸い込まれるような感じを受けるし、大きなキリストが描かれた後者は神の大きさを感じさせるのに十分なものである。観光客も多いが、信者も少なくない。
 ドームへは一度堂内を出て、脇から入る。自動券売機で券を買い自動改札を抜けると一人分幅しかない螺旋階段が現れ、あとは、これをひたすら上る。ドーム上からのパリ市街はやはり美しい。昨日のエッフェル塔を除けば高層建築はほとんどないので、遠くまで見渡すことができる。また、町並みをみると、直線道路や環状道路の存在がよくわかり、都市計画の成果が実感できる。
 次に、反対側の螺旋階段をひたすら降りると今度は地下へたどり着く。石造りのアーチ状の曲線美が美しい。いくつかの祭壇を持つ小部屋があり、横臥像や遺品(らしきもの)が安置されている。上の堂内とは異なり静寂な空間である。

モンマルトル墓地
 サクレ・クール寺院の隣には12世紀のローマ・ゴシック様式のサン・ピエール教会があるが、外観だけにして丘を下る。マンモルトルの丘はルノワール、ダリ、ピカソ、ユトリロほか多くの画家のゆかりの地であり、美術館や彼らのアトリエ跡などの見所も多いが今回は先を急ぐことにした。途中、トヨタ自動車のアルファードのCFに登場したブドウ畑(http://www.toyota.co.jp/Showroom/tvcf/alphard/#03)があった。しかし、季節外れで全く雰囲気はつかめない。
 もうしばらく下りるとモンマルトル墓地。パリの三大墓地の一つで、何人もの有名人が埋葬されているということだが、私はドガしか知らなかったし、特に誰かのお墓に詣でたいという訳ではない。パリの墓地の雰囲気や墓のあり方を見学したかったのだ。
 ヨーロッパの墓地といえば、平たい石が並べられているイメージを持っていたが、ここにはそうしたもののほか、廟のような石造りの構造物もあり、それらがずらりと並んだ区画もあってそこを通ると圧倒される。いずれも、多くは日本の先祖代々墓に相当するような家族墓のようである。花は鉢ごと供えられている。地下がどのような構造になっているかは興味深いところだが、覗くわけにもいくまい。

日本人街
 実は、前日旅行会社の方に渡された袋に、カルトミュゼが1枚入っていなかったた。その会社まで取りにこいというのでルーヴルとオペラ座の中間地点のその会社に向かった。結局見つからなかったのだが、この周辺は日本料理屋や日本企業が多いことに気づいた。券が手に入らなかったことに憤りを感じながらも、久しぶりのラーメン・チャーハンには満足した。

ルーヴル美術館
 さて、本日のメインスポット、ルーヴル美術館。時間をきめ、一人でまわることにした。大きくドノン翼・リシュリュー翼・シュリー翼の3つに分かれ、それぞれ半地階〜3階まである巨大なルーブルのどこを廻るか、にわかに決しがたい。まずドノン翼へ。「ミロのビーナス」「サモトラケのニケ」を含む古代ギリシア彫刻を見て、ヨーロッパ絵画へ。さずがに「モナリザ」の前には人だかりができていたものの、あとはそれほどでもない人数。ルネサンス絵画には時間をさいたが、色使いや描写・画題の美しさはすばらしい。このほかにも「民衆をひきいる自由の女神」「ハンムラビ法典」その他、日本で順番待ちしながらみた作品もここでは人はまばらである。このような作品群で構成されるルーブルは、個々の作品に強烈な存在感があり、ミュージアムとしての全体性はないように感じられる。
 結局時間と疲労の問題で、リシュリュー翼・シュリー翼はほとんど見れずじまい。旧人類学博物館から美の殿堂ルーヴルに移されたプリミティブアートの展示も関心があったが廻れず。次回を期したい。
 ミュージアムショップは、イギリス同様あまり手ごろなグッズはなく、ガイドブックを買うのみであった。高価な複製品などは多いが、東博などの特別展で作られるような手ごろで多彩なグッズなどはむしろ日本のほうが上ではないか。ストーンヘンジではそれなりの品が揃っていたのだから、ヨーロッパではそうしたものの需要はないとは考えられない。ともかく、ミュージアムグッズは今回の旅の楽しみの1つだったので、買うものがないというのは残念なことである。
 Musee du Louvre ルーヴル美術館

サン・ジェルマン・デ・プレ教会
 ルーヴルを出て、セーヌ川を渡り、国立美術学校・フランス学士院などの外観をみながらサン・ジェルマン・デ・プレ教会へ。この辺りは骨董品屋が多いようだ。
 サン・ジェルマン・デ・プレ教会は、6世紀以来の歴史を持つ教会で、11世紀のロマネスク様式を今に伝えている。教会は基本的に無料で、開いている時間も長い。それは観光地としてより宗教施設としての意義が強いためであろう。この教会でもそれを実感した。丁度夕方であったがどんどん人が集まってくる。
 なお、ここにはデカルトの墓石がある。

クレープ屋
 最後に、ツアーに付いている学生特典で、クレープ屋へ。クレープ・ガレットを1つずつ。これで案外腹が満たされた。


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