管理人の日記 〜2004年6月〜先月日記トップ翌月
6月26日(土) 考古学研究会東京例会
 明治大学で行われた考古学研究会東京例会に参加した。小林青樹氏による「新宿区百人町3丁目西遺跡出土の縄文後期初頭焼人骨再葬例」の事例報告と明治大学博士前期課程修了の吉岡卓真氏による「加曽利B1式土器の成立と動態」の研究発表の2本で、いずれも私の卒論に関わるものとして興味深く拝聴した。専門分野に直接関わる内容ゆえコメントは文章として発表されるまで控えたい。


6月13日(日) 発掘された日本列島2004
 新発見考古速報展をサークルの後輩達と一緒に見に行った。東京会場は今年も江戸東京博物館である。
 会場に入ると群馬県中原遺跡の埴輪群像が並べられている。冒頭に埴輪が並べられるのは例年のことであるが、やはり人目を引くためであろう。傍らには安徳台遺跡群出土の甕棺および塞杵状ガラスや玉類、貝釧、玉類などの出土品がある。そこからは旧石器時代以降時代順に並べられる。縄文時代の資料としては、岡谷丸山遺跡(長野県岡谷市:矢柄研磨器)、智頭枕田遺跡(鳥取県智頭町)、漆下遺跡(秋田県森吉町:サル顔?の人面付き土器)、井野長割遺跡(千葉県佐倉市)、是川中居遺跡(青森県八戸市)の5遺跡である。智頭枕田遺跡は当サイトの掲示板でも話題になった遺跡であるが、後期初頭の中津式土器や晩期末の中部・東北の土器である浮線網状文土器、変形工字文土器などが展示されていた。井野長割遺跡は02年3月に見学した環状盛土遺構を伴う遺跡で、四角底鉢形土器、異形台付土器、瓢形注口土器、土偶・土版などは目を引いた。また、写真のみであったが8次調査において墓坑から後期後半の浅鉢が出土しているということを知った。詳細は今後刊行される報告書を検討しなければならないが卒論では洩れた事例であり、私としては本日の大きな収穫だった。
 弥生時代では千葉県志摩城跡の再葬壷、前原市潤地頭給遺跡の攻玉資料、唐古・鍵遺跡の褐鉄鉱容器に入った二個の翡翠製勾玉、古代では北海道西島松5遺跡の副葬品、中世では琉球王朝の墓地である浦添ようどれの資料などは興味深いものであった。阿豆佐和気命神社境内遺跡(中世)は、私も昨年、最後の調査に参加させていただいた遺跡である。
 今回は、10周年特集「あの遺跡は今」として津南・中里遺跡群、三内丸山遺跡、青谷上寺地遺跡、保渡田古墳群と豪族居館、飛鳥古京の諸遺跡、鷹島海底遺跡、汐留遺跡と各時代1ヶ所が取り上げられた。思えば、私が考古学に興味を持った中学2年の時に1回目が開催されたのだから、そこから10年経ったというのは少しばかり感慨深い。第1回の最初に挙げられたのが上高森であり、そのあり方をめぐって様々な批判もあったが、当初から近代までの全時代にわたり、時には未報道の資料も含めて紹介してきたことは評価されるべきであろう。今回も弥生石器や海底遺跡に関心を持った後輩も何人かいたが、幅広い資料を扱う本展は興味のきっかけを有る場としても有効である。
 発掘された日本列島2004

6月5日(土) 祭祀考古学会総会記念講演会「大場磐雄博士と玉作遺跡」
 故大場磐雄博士の命日(6月7日)にあわせて毎年開催されている祭祀考古学会の総会記念講演会であるが、本年は寺村光晴氏(和洋女子大学名誉教授)に「大場磐雄博士と玉作遺跡」と題してお話をいただいた。

6月4日(金) 國學院大學学術フロンティア・画像資料研究フォーラム(4)「人文科学と画像資料研究」
 今回は、皇學館大学神道研究所で所蔵する原田敏明氏(宗教学者・民俗学者)の旧蔵資料について、「皇學館大学神道研究所原田敏明文庫の資料と活用」と題して同研究所の牟禮仁教授にお話いただいた。
 原田氏の研究資料は和本、洋書、洋本・逐次刊行物、研究収集資料、写真、録音テープ、書斎机辺の7種に分けられ、逐次目録が刊行されている。また原田氏の論文集も近々刊行予定だという。
 学術フロンティア事業においてはこれまで主として画像資料の活用・資料的意義について何度も研究会・シンポジウムを開催しているが、今回のような他機関における学者旧蔵資料整理のお話は今回が初めてである。しかし、既に次のテーマとして学術資産の活用を掲げており、そうした点からも資料群の整理という実際の作業内容に即して、その方法などについて連携して活動して行くことが望ましい。
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