管理人の日記 〜2004年7月〜先月日記トップ翌月
7月31日(土) 『若木考古』第98号の発行
 國學院大學考古學會の会報である『若木考古』の98号を発行した。内容は次の通りである。
 「茨城県稲敷郡に所在する庚申塔からの考察」大塚絵美子(博士課程前期1年)
 「上東遺跡採集の弥生土器」武田芳雅(博士課程前期2年)
 「ケ聡氏「先史東南アジアの樹布加工具」聴講記」五十嵐睦(博士課程前期1年)
 「たばこと塩の博物館見学記」石船康晴(学部2年)・古賀由美子(学部1年)
 「動向」

 96号〜98号は8月7日に行われる若木考古会において先輩方にお配りする予定である。また、希望される方には郵送いたしますので御連絡お待ちしています。

7月24日(土) 物見処遺跡関連調査決起会
 主として3年生を対象にした考古学演習(実習)の1つである三宅島物見処遺跡関連調査の決起会が開催された。
 本学の考古学実習はここ数年、北海道美利河1遺跡と三宅島物見処遺跡で行われてきたが、三宅島噴火以降は大島・新島(02年)、八丈島(03年)、下田市・川津町(04年)で周辺地域の遺跡踏査や未報告資料の資料化を行ってきており、今年は9月上旬に伊東市・東伊豆町等で実施される。
 今年はその手伝いとして私も参加させていただくことにした。後輩の育成を主目的とするが、伊東市の井戸川遺跡、東伊豆町の宮後遺跡などは伊豆半島の数少ない後期の墓制資料であり、また伊豆東岸は大場磐雄博士以来の祭祀遺跡の宝庫として知られるなど個人的な関心も強い。

7月23日(金) 國學院大學学術フロンティア・画像資料研究フォーラム(5)「人文科学と画像資料研究」
 今回のフォーラムは、来るべき総合学術センター構想にむけて学内資料の現状を把握することを目的に神道資料館、図書館、考古学資料館の資料について、それぞれ学芸員・司書である島田潔氏、林利久氏・古山悟由氏、内川隆志氏に発表があった。
 細かい内容については省略するが、資料の入手経緯が不明なものがあること、学内の各所に資料が分散し実態が把握できていないこと、入手の経緯や内容から公開できないものが存在すること、資料の分類・整理方法が未開発であることなどの課題がいずれの資料群においても共通して存在することが確認された。

7月18日(日) 目黒区美術館企画展「色の博物誌・黄―地の力&空の光」
 目黒区美術館:l「色の博物誌・黄―地の力&空(くう)の光」
7月17日(土) 日本列島における青銅器祭祀
 國學院大學21世紀COEプログラムの一環として、ミニシンポジウム「日本列島における青銅器祭祀」が開催された。
 午前中は、縄文班・弥生班が昨年度に実施したロシア極東のオシノフカ遺跡・ゴルバトカ3遺跡の発掘調査、岡山県での分銅形土製品の調査についての報告があった。まず、縄文班の伊藤慎二氏・加藤元康氏よりオシノフカ遺跡での縄文時代早期・北海道の女満別式土器に類似するアムール編目文土器や、石灰岩製玉など日本列島とも関連のある資料の出土などについて報告された。次いで弥生班からは加藤里美氏・山添奈苗氏により、現地での詳細な観察とそれらをもとにした分類・変遷案が示され、弥生時代祭祀における分銅形土製品の位置づけについて考察された。
 午後は、表記のミニシンポジウムが開催された。まず吉田恵二教授が「弥生時代祭祀における青銅器祭祀」と題し、弥生時代と漢代における祭祀遺物について概観し、日本列島やベトナムなど中国の周辺部において独自の青銅器祭祀が発達したことを指摘された。
 次いで、岩永省三氏(九州大学総合博物館)が「武器形青銅器祭祀の展開と終焉」について、大規模墳丘墓の発展という情勢の中での動向の違いによって各地における青銅器祭祀の終焉の事情が異なったものになったことを述べられた。
 柳田康雄氏(元九州歴史資料館)は、「鏡の儀礼と祭祀」と題し、副葬や埋納あるいは共伴関係、摩滅や破砕といった状況からサイズやによってその持ち主が異なったこと、地域によって多量副葬など使用状況が異なったこと、破砕鏡が次第に東進していったことなどを述べられた。
 難波洋三氏(京都国立博物館)は、「銅鐸と銅鐸祭祀の変遷」と題し、銅鐸の型式の違い(工房の違い)と、その分裂・統合の状況からいくつかの画期を示され、またその使い方(祭り方)についてもそれらの型式と密接な関係を持っていたことが推測されることなどを述べられた。
 井上洋一氏(東京国立博物館)は「青銅器の副葬と埋納」と題し、青銅器祭祀を概括した上で副葬から埋納への変質の意味について考察され、それを可能にした首長の力に注目すべきことを指摘された。
 最後に、杉山林継教授が「東アジアから見た日本列島の青銅器祭祀」と題し、中国・朝鮮における青銅器祭祀の状況を紹介され、両地においても儀器化した青銅器が存在することを指摘された。
 岩永・柳田・難波・井上の4氏はいうまでもなく弥生時代青銅器研究を代表する研究者であり、その先生方が一堂に会しただけでも衝撃的な会だと言えるであろう。各先生とも「祭祀」については慎重な姿勢を崩されなかったが、それに迫るための視点を聞くことができたことは、弥生青銅器に詳しくない私としては意義深いことであった。


7月3日(土) 「副葬」研究の可能性
 学内の民俗学研究会で表記の発表を行った。この研究会には最近はなかなか参加できないが、学部1年の頃より所属し3ヶ所の民俗調査に参加できたことは私の大きな財産となっている。
 さて、今回の発表では副葬をめぐる民俗学的研究をまとめておこうと考えていたのだが、いざ準備をはじめて見ると副葬(品)を主題にした論文は土井卓治氏の「副葬品の民俗学的考察」くらいで、他に井之口章次氏の『日本の葬式』、五来重氏の『葬と供養』の中の記述がまとまったものとしてある程度で、宗教的意味についてが中心的主題であった。考古学における副葬品研究の量と多様な方向性を考えるとこの結果は驚きであった。最後に、民俗学の主要な方法である聞き書きと、考古学的な分類等のモノの見方を組み合わせることで、近現代の民俗世界を、副葬を通して描き出すことが可能でないか、という可能性を指摘した。しかし、そのためには個々の事情を加味した詳細な調査が必要であり、それは片手間にやれることではないので、永遠に可能性に留まるかもしれない。
縄文学研究室日記トップCopyright (c) 2004 Nakamura Kousaku
E-mail:info@jomongaku.net