管理人の日記 〜2004年10月〜先月日記トップ翌月
10月21日(木)〜28日(木) カナダへ

10月16日(土) 土曜考古学研究会
10月3日(日) 縄紋社会をめぐるシンポジウムII−景観と遺跡−
 午後からは早稲田大学で開催中のシンポジウムへ向かった。土日の開催であり、全体の1/4ほどしか聞いていないが、全体として感じた点を記したい。
 まず、テーマの「景観」である。近年の日本考古学において「景観」の語は、眺望、立地、環境、建物(集落)配置、など多様な意味で用いられるが、今回の発表は「環境」とその資源利用(地勢、古環境、材質など)をテーマにしたものであり、「景観」は環境と置き換えられるものであった。「景観考古学」が注目されているのは、安斎氏の発表で触れられたように、景観から行動・認知に迫ろうとする姿勢にあると思われるが、今回の発表の多くは現象面の把握に留まっており、「景観」を用いる段階に至っていなかったと思われる。
 次に、環境に関するデータの質の問題である。従来、考古学的事象と自然環境との関連を考える際、貝塚の資料等を除くと多くの場合、自然環境のデータは考古資料とは直接関わらない地点のデータを利用せざるを得なかった。従って、理化学年代をもとにせいぜい1000年から数百年の単位での大雑把な議論となってしまう。佐々木氏や小林氏の議論には遺構の樹種同定が用いられており、この点を克服できる。こうした点に直接関わらない発表も多かったが、今後、時期的な変化を追うためには不可欠であろう。また、そのためには遺構・遺物に結びつく試料分析がさらに進められるべきである。
 最後に、本シンポの目的と構成について。安斎氏は「縄文社会」が単一の社会ではなく時期・地域によって異質なものであることを念頭に、その具体的な在り方を探るという趣旨を掲げている。これに従い、湖沼、内湾、内陸、海岸といった立地、東北〜瀬戸内という空間、早期〜晩期という時期のそれぞれ異なった地域が選ばれた。結果として、「縄文」内の異質性を浮かび上がらせることには成功したと思われる。ただ、比較検討という視点にたつと空間もしくは時期のバリエーションは無くした方が良かったのではないだろうか。
 文句ばかりを連ねてしまったが、個々の発表は興味深いものが多く、有意義であったことは申し添えておきたい。

 なお、発表題目と発表者は以下の通りである。
 「遺跡から景観を読む」安斎 正人氏、
 「縄文時代の生態系史:人―環境系はどこまで読み解けるか」辻誠一郎氏
 「琵琶湖周辺における縄文社会の景観利用戦略とその遷移」瀬口眞司氏
 「彦崎貝塚と瀬戸内海をめぐる遺跡群の動向」山崎真治氏
 「福井県三方五湖周辺の縄文時代遺跡−水域環境と諸活動の変遷−」小島秀彰氏
 「神奈川県横浜市稲荷山貝塚の骨角器とその生業」松田光太郎氏
 「高瀬山遺跡から見た縄文時代後・晩期の山形盆地」小林圭一氏
 「堅果類と土木用材からみた森林資源利用―関東地方を中心にー」佐々木由香氏
 「内陸に出現する鹹水貝塚の形成背景−下総台地中央部の後晩期社会と生業活動−」阿部芳郎氏


10月3日(日) 根津美術館「仏教絵画と垂迹画」
 根津美術館で開催中の「仏教絵画と垂迹画」を見に行った。根津美術館は大学から近い距離にあるものの、これまで足を運ぶ機会がなかった。目的は「那智瀧図」である。自然物に対する信仰を示すものとしてよく引用されるものであり、以前より実物を見たいと思っていた。しかし、展示室の奥に掲げられていた「那智瀧図」は、それなりの神々しさを持つものの、どうもしっくりこない。根津美術館のサイトには「古代信仰である自然崇拝を絵画化したものとしても、更に写実的意識をもつ風景画としても注目される」とあるが、あるいはこの写実的な風景画であることが原因かもしれない。そういう意味では、横に掲げられていた春日宮曼荼羅・春日鹿曼荼羅の方がより垂迹画らしく思われる。 根津美術館仏教絵画と垂迹画
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