管理人の日記 〜2006年4月〜先月日記トップ翌月
4月29日 (土) さいたまの縄文時代〜まずは後晩期から
 遅ればせながら、さいたま市立博物館で開催中の企画展「さいたまの縄文時代〜まずは後晩期から」を見に行った。後・晩期の中でも特に安行文化に属する資料が集められたもので、称名寺式期から曽谷式に至る時期の資料はあまり展示されていないのは少々残念ではあった。
 とはいえ、さいたま市の後・晩期とはいえばやはり、この安行式期なのであろう。真福寺貝塚、馬場小室山遺跡、東北原遺跡、南方遺跡、奈良瀬戸遺跡、小深作遺跡など研究史上著名な遺跡の資料が多く、この中には真福寺貝塚の山内清男資料を含む。土坑や住居の一括資料という編年研究上重要な資料群、大洞・滋賀里といった他地域との交流に関わる土器、「前窪式」の標識資料など展示品の選定は興味深いものであり、座り込んで観察している人も多かった。
 常設展では、深作東部遺跡群の関山式土器や、小深作遺跡の角底形土器、三角形を呈する注口土器、東北原遺跡の亀形土製品を笛として吹いた時の音色などが面白い。


4月19日 (水) 國學院大學考古学資料館が休館に
 大学の渋谷キャンパス再開発にともない、来月より平成20年まで國學院大學考古学資料館が休館することが同館のサイトで公表された。計画では、現在の常盤松校舎一帯を1つの学術メディアセンター棟として整備することとなっており、図書館・情報センター・考古学資料館・神道資料館・日本文化研究所などが入る予定である。


4月15日 (土)  第3回大学考古学研究交流会
 慶應義塾大学で開催された第3回大学考古学研究交流会に参加した。大学合同考古学シンポジウムのあとをうけて開催されているもので、第1回・第2回は参加していないのだが、今回は100人を超す盛況ぶりであった。発表者と演題は以下のとおりである。

 安藤広道「DEMを用いた縄文〜弥生移行期の遺跡立地の検討−甲府盆地〜諏訪湖地域を対象として−」
 日隈広志「中・東部瀬戸内地方中期弥生土器の地域性−凹線文の成立過程にみる交流関係−」
 持田大輔「環頭太刀の製作技術−倭における変容過程について−」
 小茄子川歩「彩文土器の変容から見たインダス文明の成立過程−バローチスタン地方における土器のデザイン・システムの改変と再編−」

 安藤氏の発表は標高や傾斜度と遺跡立地の関係とその変化を扱い、それを生業の変化と関わらせたものであった。また、日隈・持田・小茄子川の3氏の発表は対象は異なるものの、デザインの変化と地域間の影響関係を論じたものである。特に後者は私の研究分野とも密接に関わる問題であり、発表や質疑応答の随所からヒントを得ることができた。

 なお、会終了後、民族・考古資料展示室が公開され、実習生による展示という亀ヶ岡遺跡の出土品のほか、堀之内貝塚の土器などいくつか気になる資料を拝見することができた。


4月8日 (土) 食の文化ライブラリーにて
 現在、加工食品炭化物についての論文を準備している。当サイトでもその集成結果を掲載し、また『若木考古』でも研究史と事例集成をまとめたのであるが、今後いかなる展開が可能かと言われると中々難しい。実測図や詳細な出土状況など基礎資料が不足しているという問題もある。従って、まずはそれらの収集を行っていく必要があろう。
 しかし、ある程度そうした情報がある資料については、それらをもとに、食生活や生業・社会との関わりなどについて考察していくことが求められる。

 そうしたことのヒントを得ようと、高輪にある味の素食の文化センターの食の文化ライブラリーに行ってみた。同センターは佐原真『食の考古学』を連載していた機関誌『VESTA』や食文化研究に対する助成など食文化研究の拠点である。
 食の文化ライブラリーは、その食に関する専門図書館である。食の歴史、素材、加工法、各地各国の料理などさまざまな分野の本が並べられており、「食文化」の奥深さを実感した。ここで配架されているのは単行本と食の専門誌のみであるが、センター発行の文献目録もあり、大要は理解することができる。これまで縁のなかった近世史や家政学などの分野の研究動向を知り得たが、どうやら食品・食文化と文化・社会との関わりに迫った研究は、意外なことに考古学以外の他の分野でもあまり多くはないようである。

2階には食とくらしの小さな博物館がある。石毛直道氏の監修で、味の素の創業から現代に至るまでの商品・広告の展示のほか、各時代の食卓を再現している。白を基調とした開放感のあるデザインであり、また包丁の音などの演出も心地よい。ちなみに、別室で企画展「日本人とかつお−かつおだしを中心に−」が行われていたが、ここでも鰹節の硬さや香りの違いを実感できる展示があり、視覚以外に訴える姿勢がうれしい。


4月1日 (土) 大学院入学式
 気づけばもう4月。
 今日は大学院の入学式が行われた。博物館学を含め、博士課程後期への進学者は社会人の方を入れて7人?。前期は12人?のようです(全員が揃った訳ではないので正確な人数はよくわからない)。
 今年から「日本史学専攻」から「史学専攻」に名称が変わり、後期課程では2年で学位論文が出せるようになったり、兼任教授の制度ができたとのこと。従来の制度では2年後あるいは3年後に定年を迎える先生を指導教授にできなかったのだが、これで2年後に指導教授が定年を迎えても大丈夫、ということらしい。もっともその期間内に論文が書きあがる見通しは得られていないのだが。
 今年度もどうぞよろしくお願いいたします。

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