管理人の日記 〜2008年8月〜06年8月へ日記トップ翌月

8月23日・24日・27日・28日 栃木県円通寺古墳の発掘調査
 ここ数年、毎年少々お手伝いにうかがっている國學院大學栃木短期大学で調査を行なっている栃木市円通寺古墳の発掘調査に4日ほど行ってまいりました。
 調査の概要についてはYahoo!ブログを用いて、動画と写真が配信されておりますのでご参照ください。
 円通寺古墳発掘調査プロジェクト

8月16日(土)〜17日(日) 三宅島物見処遺跡調査の見学
 國學院大學考古学研究室の実習調査として2000年の噴火まで約20年にわたって続けられてきたのが、三宅島の物見処(もれんど)遺跡の積石遺構(中・近世?)の発掘調査です。今年、9年ぶりにその調査が行なわれることとなり土日を使って見学にお邪魔しました。
 今回の調査は、これまでの調査記録の再確認ということもあって、多くのトレンチが開けられており、遺跡の全体像を把握できました。
 調査団の宿泊には避難施設を利用させていただいていましたが、朝夕の火山ガス情報や館内のガス濃度計など、今なお火山活動の活発なことも実感いたしました。

8月14日(木) 島根県立古代出雲歴史博物館・出雲大社本殿特別拝観
 出雲大社本殿の特別拝観をさせていただきました。60年に一度の遷宮をひかえ、仮本殿への遷座後の本殿を期間限定で公開していたのですが、この日は最終日近く、事前に申し込みをしていたものの、第3希望の13時からの拝観となりました。
 午前中に島根県立古代出雲歴史博物館へ。前回出雲に来たのは学部2年の頃ですので、この新しい博物館は今回が初めてです。平日に常設展に人があふれている地方博物館をはじめて見た、というくらい来館者が多いのは、やはり私と同じ目的で来ている人が多いのでしょう。出雲大社の復原模型や壁一面の青銅器といった中で、下山遺跡出土の双耳壺(後期初頭・おそらく墓坑埋納品)や、椎塚類型の注口土器片などを見つけて喜んだのもつかの間、特別展をあわせるとゆっくり回っていたのではとても本殿拝観時間に間に合いません。
 ともかく今回は時間の無い中、本殿をしっかり見られればいいと割り切って大社へ急ぎます。やはり時間前に既に列ができています。もちろん整理券を持っていますので確実に入れるのですが、時間帯の中で何組にもわけて拝観するので、テントで少々待ちます。本殿は思った以上に床が高く、かつての16丈という表記も感覚としては納得できる思いです。参拝者は北に向かって拝むものの御祭神は西を向いているこの建物、やはり大社造とは不思議な空間です。
 島根県立古代出雲歴史博物館出雲大社

8月2日(土)〜12日(火) 新潟県山下遺跡の発掘調査
 ここ数年毎年参加している新潟県長岡市山下遺跡の6年目の調査に参加してまいりました。
 これまで掘り下げてきたトレンチを昨年掘り切ったので、今年は、その両側を10cmずつ広げて、遺物の堆積状況を再確認し、土壌等のサンプルを取得することを目的に行なわれました。
 調査の概要については、毎日Yahoo!ブログを用いて、動画と写真を配信いたしましたので、ご覧ください。
 山下遺跡の発掘調査

縄文学研究室の再始動
 皆様お久しぶりです。
 2年間ご無沙汰しておりましたが、ようやく時間がとれるようになりましたので、再開したいと思います。
 この間、個人的な調査・研究や、関わっている大学のプロジェクトなどに関して、時間がとられたことや進行中のことについては公表できないといった事情が重なり、今日に至ってしまいました。
 しかし、この間も縄文学研究室のことを話題にしていただくことがあり、再始動の必要を感じておりました。本ノ木遺跡第3次調査が最後の更新となっていましたが、第6次調査のはじまる直前である今、ふたたび始めることといたしました。

この2年間で記事にしなければならなかった話題は多数ありますが、大幅に省略し主要なもののみご紹介しておきたいとおもいます。

國學院大學伝統文化リサーチセンターの開設と同資料館の開館
 國學院大學では平成19年度に文部科学省オープンリサーチセンター整備事業「モノと心に学ぶ伝統の知恵と実践」に選定され、伝統文化リサーチセンターを開設いたしました。このプロジェクトは「祭祀遺跡に見るモノと心」・「神社祭礼に見るモノと心」・「國學院の学術資産に見るモノと心」の3つのグループより成るもので、私は最後の3グループにリサーチアシスタントとして参加させていただいております。
 「國學院の学術資産に見るモノと心」グループは皇典講究所・國學院を中心とした校史の研究や、河野省三・宮地直一・三矢重松・折口信夫・武田祐吉らの先学が残した学術資産をもとにした近代人文学の形成・展開についての研究を課題としており、私自身は後者の中で、旧学術フロンティア事業のうち大場磐雄博士資料の調査研究を引き継いだ研究をさせていただいております。
 昨年度末には旧常盤松校舎の全域を使ったAMC(Academic Medhia Center)棟が完成し、その地下1階部分に研究成果公開用の「伝統文化リサーチセンター資料館」が開館しました。その常設展の中で大場磐雄の業績についてご紹介しているほか、「祭祀遺跡に見るモノと心」グループと合同で、先日まで開催されていた企画展でも大場の神道考古学の特徴について紹介させていただきました。
 國學院大學伝統文化リサーチセンター KokugakuinExpress(第3回)【wmv】
國學院大學学術資料館の研究プロジェクト
 國學院大學では平成19年4月に研究部門の組織再編が行なわれ、考古学資料館と神道資料館が統合し、学術資料館考古学資料館部門・同神道資料館部門となり、日本文化研究所・研究開発推進センター(新設)・校史・学術資産研究センター(新設)・伝統文化リサーチセンター(新設)とともに研究開発推進機構の下に置かれることとなりました。
 さて、この学術資料館考古学資料館部門で平成20年度より「考古学資料館収蔵資料の再整理・修復および基礎研究・公開」プロジェクトが発足し、その基礎研究の一環として谷口康浩准教授の下で研究補助員として大形石棒の研究に取り組んでおります。環状集落の盛衰とも密接に関わる祖先祭祀の道具として大形石棒を位置づけた谷口先生の研究を踏まえて、集成にもとづく検証・具体的な石棒祭祀の復元などを目的としておりますが、私自身は以下に述べる釣手土器との関連性についても大いに関心を持っているところです。

第21回考古資料展 縄文時代の祈り―池端・金山遺跡を考える−
 本年2月15日(金)〜 2月17日(日)、毎年公民館まつりにあわせて行なわれている伊勢原市教育委員会の考古資料展のお手伝いをさせていただきました。石棒8本や石皿・磨石を伴う配石遺構と、土器副葬を伴う墓坑群が隣接して発見されたほか、市内では数少ない後期後葉の土器(異形台付土器片を含む)も出土した池端・金山遺跡の報告書が刊行され、遺物が市に返還されたのを機に、市内の関連資料を一同に集めようという企画です。
 県保管分のいくつかは除く、石棒約20点、土偶約10点、土器被覆葬土器2点、住居址内倒置埋設土器1点、顔面把手・釣手土器・有孔鍔付土器各1点、注口土器、副葬土器などのほか、大山山頂遺跡出土の中期後葉〜後期後葉の土器片(漆塗り土器を含む)など多数の資料を展示することができました。これらは、顔面把手や釣手土器に代表される中部地方文化の一部としての中期段階、注口土器や土器副葬に代表される文化の中心地としての後期中葉段階、異形台付土器にみられるような東関東中心文化の一部が広がってきた後期後葉段階として整理できますが、後期中葉の注口土器や副葬土器の多さが地域的な特色であること、また金山遺跡の石棒配石遺構が墓坑群に隣接して検出されたことの重要性は特に強調した点です。
 わずか3日間の会期でしたが、土器の美しさからか、石棒の性格からか、市民の皆様にはよく見ていただけたと感じています。また未報告資料が少なくないのですが、公表に向けての動機づけにもなったかと思います。
 いせはら文化財サイトパンフレット「第21回考古資料展 縄文時代の祈り―池端・金山遺跡を考える−」【PDF】

「縄文時代後期の土器副葬−関東・中部地方における葬送儀礼の一類型−」
 本年5月刊行の『神奈川考古』第44号に標記のレポートを掲載させていただきました。
 これは卒業論文で集めた、後期中葉の小形土器副葬事例に、前後の時期の事例を加えて整理したものです。卒業論文や、土曜考古学研究会での発表では、葬墓制論の問題としていろいろ派生する問題を検討しましたが、今回は、基礎的な資料の整理を第一の目的とし、上記の伊勢原での展示を踏まえて東京・神奈川独自の文化的習俗としての重要性を喚起することを目指しました。

「葬送儀礼における土器形式の選択と社会的カテゴリ−縄文時代後期関東・中部地方の土器副葬と土器被覆葬−」
 刊行が前後しましたが、上記の土器副葬と、既報の土器被覆葬の対比を行なった修士論文の一部を、本年5月末刊行の『物質文化』No.85に掲載させいただきました。
 <関東西南部−土器副葬−深鉢・注口土器・鉢・舟形土器〉と〈中部高地−土器被覆葬−小仙塚類型群/浅鉢〉の関係を指摘し、それぞれ、地域・儀礼・土器形式の3者の対比関係でこうした関係が形成された可能性を論じたものです。土器副葬・被覆葬について、葬墓制論というよりも土器論の立場から新たな視点を提示したつもりでおりますが、視点・考察の点でなお未熟な部分のあることも承知しております。今後、こうした視点で他の<土器−儀礼>関係を検討していく心積もりでおりますので、ご意見を賜れば幸いに存じます。

『総覧縄文土器−小林達雄先生古稀記念企画−』「墓壙への埋納」「釣手土器」
 昨年度末にて國學院大學を定年退職された恩師、小林先生の古稀記念として企画された『総覧縄文土器』。一般的な献呈論文集を固辞され、直接の教え子以外を含めた169名にものぼる執筆者による様式編109項目、事項編(学史・製作・形式と用途・土器と社会関係・活用など)86項目の大冊となった本書が約半年の遅れで、ようやく刊行に至りました。出版社は『ミュゼ』を出しているアム・プロモーションです。本年1月より、校正のお手伝いをさせていただき全編に目を通し、また多くの先輩・後輩たちと索引をつくり、土器様式編年表・土器様式分布図を作図させていただくなど、またとない経験をさせていただきました。しかし一方で、依然として、関東を含めて土器編年や様式区分の不明瞭な不明瞭な地域・時期が残っていること、109項目に漏れた土器群が存在することなど、縄文土器の奥深さをも改めて実感いたしました。もとより小林先生は先刻承知であり、序文において未だ完成に至らないけれども、と述べられ、授業ではさらなる構想を表明されておりますので、本書を基点としてさらに研究を進めていきたいと思います。
 さて、本書には「墓壙への埋納」(6頁分)と「釣手土器」(3頁分)の2編を執筆させていただきました。「墓坑への埋納」は、修士論文の提出後、主査・副査のお二方から揃って指摘された、縄文文化全体の中での土器副葬・被覆葬のあり方を把握することを主眼として、土器棺・廃屋墓以外の墓域からの土器の出土例を時期別・地域別に整理したもので、墓坑に入る飲食系土器と入らない非飲食系土器という区分も見出すことができました。「釣手土器」はその非飲食系土器の1つであり、中期後半の関東〜北陸・東海、後期中葉の関東、後期後葉の東北と分布の限定された形式として社会的・文化的に重要な鍵となるものという目論見のもと、現状での研究を整理したものです。後期の事例はもっぱら蜂屋氏の研究に拠りましたが、中期の事例についてはこの2年間を通じて約400例を集成し、主要な資料を実見したりしましたので、今後さらに論文にまとめていきたいと考えています。
 アムプロモーション総覧縄文土器−小林達雄先生古稀記念企画−(インタビュー記事あり)

(08.08.31)
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