管理人の日記 〜1999年8月〜先月日記トップ翌月
8月28日(土) 埋蔵金と埋蔵文化財
 インターネット情報誌『ISIZE あちゃら』10月号の、「埋蔵金で一攫千金」というページに、当サイトの「埋蔵文化財法令集」が掲載された。
 ライターの方から取材の申し込みのメールを頂いたのが8月1日。「埋蔵金で一攫千金」ということで、埋蔵金などについて情報やマップの掲載されたさまざまなホームページを紹介する…という企画だという。ここに、法令集を掲載し、あわせて注意事項があれば載せるということだ。
 はっきり言って、この申し出にはとまどった。自分のサイトが雑誌に載るのはうれしかったが、埋蔵金の特集で載るというのはいかがなものだろうか。私は埋蔵金などには興味はなく、そういうテレビ番組も一度も見たことが無い。しかも、当サイト掲載資料は大半が開発と文化財保護との調整がらみのもので、埋蔵金が含まれると思われる学術調査については扱っていない。つまり、なんか場違いだなあ、という思いがあった。ただ、折角の機会だし、友人のサイトへの若干の対抗もあり申し出をうけることにした。

 さて、先のメールには、 1)埋蔵文化財とは、簡単に言うとどういうものですか?(埋蔵金との違いは?) 2)埋蔵文化財を発掘する場合の注意点はどんなことですか? 3)もし埋蔵文化財を見つけたらどうすればいいのですか? 4)発掘した埋蔵文化財は、自分の所有物にできますか? 5)最後に、埋蔵金などで本当に一攫千金が可能だと思われますか? という質問事項が書かれていた。私はとりあえずの回答を作成し、知り合いや考古学サイトの管理人さんなど数人に意見を伺った。
 足りない部分を補足していただいたのだが、中には、かなり否定的な意見を寄せて下さった方もいた。曰く「回答したとおり載る保証もありませんし、変な閲覧者を呼ぶだけのような気もします。やっぱり回答しない方がいいと思いますけどね。」「おもしろ半分に掘り当てようなんて、墓泥棒と同じです。こんな質問、されるだけでも不愉快ですね。」
 言われてみれば確かにその通りである。だが、私自身は「埋蔵金で一攫千金」自体は反対だがそれを目指して推理するのは結構なゲームだと思うし、こうしてサイトを公開している以上、「無視」は卑怯ではないかと思う。
 ライターさんには、「文化財保護法の見地からは、「一攫千金」は無理である。/夢は大切だが、くれぐれも自分勝手な行動で国民の遺産を破壊することのないように。/当サイトが埋蔵金発掘に好意的という紹介は絶対に避けてください。」ということをお願いし、「埋蔵金発掘について賛成ではない、というスタンスで紹介してほしいとのことですが、もちろんご意見は原稿内容に反映させるつもりです。了解しました。」との返事を頂いた。
 そして今日。書店に並んだ雑誌を見てみた。まず、感じたのが「慎重に」という部分が意外に多くのスペースを割いて書かれているということだ。埋蔵金サイトの方も「土を掘るより資料を掘れ」という推理に重点を置いた発言をしているし、もう1人も発掘は慎重にと述べていた。
 さて、肝心な私の部分だが、正直言って一番不安な箇所を引用されていた。「もし、遺跡として登録されている場合・・・」というが、されていなければOKという印象を与えかねない。
 まあ、こういう特集をする以上「一攫千金は無理」というのは載せられないのだろう。回答の全文と要旨を掲載することにした。

 最後にこの問題に関して感じたこと。
 埋蔵金と埋蔵文化財について明確になっていないのはなぜだろうか?
 考古学サイトはたくさんあっても、ほとんどが「結果報告型」で、一般人が「〜したい」と思っても、そのための情報は得られないという状況でいいのだろうか?
 そして結局、考古学を趣味とする素人の意見がそのまま雑誌に載ってしまったが、これでいいのだろうか?

 埋蔵金に興味を持って来てくださった方へ
 取材と回答、それに対する返答


8月24日(火) 大場磐雄『日本考古學新講』
 今日、久しぶりに本の街−神田神保町へ行ってきました。
 当初の目的は、明治大学考古学博物館でやっている「岩宿発掘50年−旧石器研究の原点と足跡−」という特別展だったのですが、展示としては、はっきり言ってつまんなかったです。
 岩宿をはじめ学史上著名な遺跡の遺物を展示してある訳ですが、ガラスケースの中に僅かな説明と共に資料が並べられているだけなのです。もともと、常設展自体ただ遺物が並べてあるだけなので、ああいう展示になってしまうのも仕方がないのでしょうけど。
 ただ、これだけの旧石器をじっくり見たのは初めてでした。私は石器にはほとんど興味がなく、土器は拾っても、石器を拾ったことは無いのです。展示されていたのは黒曜石製が多かったのですが、改めて見て、その美しさに感動することができました。

 さて、坂を下ると本の街に出ます。ここに来るとつい衝動買いしてしまうので、半年に1回くらいしか来ません。新刊まで手を出しているとお金が持たないので、今回は中古で安くなっている本を探すことにしました。しかし、神田にはそういう店はあんまり無いんですね。専門書店には大部の報告書とか、有名な研究書とか、雑誌の揃えとか、高いものばかり…。
 その中で、1冊200円、しかも10冊以上なら100円というところがありました。並んでいるのは薄い概報や年報なのですが、注口土器展の図録や、中央道の調査成果概要、八ヶ岳山麓や糸魚川市の分布調査、前原遺跡の概報など思わぬ資料にびっくり。なんとか10冊探し出して買いました。特に探していた注口土器の図録がこんな安く手に入るとは。

 さて、帰りがけ、また別の書店に入りました。専門書店ではありませんが、そこには著名な考古学の古典がいくつか置いてありましたが、異様に安いのです。ここで、大場磐雄『日本考古学新講』(昭和23年 あしかび書房)を1000円で手に入れました。ネット上で検索したところ、さる書店では5000円の値がついていました。
 まあ値段は置いておいておきましょう。途中まで読んでいろいろ驚きました。冒頭の部分は今読んでも意味がある、むしろ現代の入門書よりもわかりやすいという印象をうけたのです。
 次に、旧石器文化について、マンローから明石人まで様々な指摘を紹介した上で、「具体的な実例に接する日も遠くないことゝ思ふ」と述べています。私は、いくつか指摘があったとは言え、岩宿発掘以前はほとんどの学者は考えていないものだと思っていたのです。岩宿発掘はこの本発行の翌年です。
 もう1つ、先史時代の記述についてです。まず石器、続いて骨角器、土偶、装身具、そして土器の順で解説されています。最近の本ではほとんど土器(編年)から入るので驚いてしまいました。また、学史が体系的に頭に入っている訳ではないので、この時期に縄文・弥生が併行していたと見られていたのにも驚きました。縄文・弥生共に、ある程度、内部の土器編年表は出来上がっているのに、両者の関係が分かっていないというのはどうしてなのでしょうか。縄文が弥生に先行する例はいくつか挙げられていましたが、それでもなお併行と考えられていたのです。(古墳時代以降についてはまだ読んでいないので省略)
 この本は隣に並んでいた昭和2年の本に比べ極端な軽さです。粗末な紙を使わざるをえなかったのでしょうか。戦後の大変さを実感しました。


8月19日(木) 考古学イラスト入りグッズ
 このトピックスも7月以来ですね。夏休みに入るとなぜかネタが見つからないのです。
 とはいえ、何もしないわけにはいかないので、Webサイトガイドに安芸佐穂子さんと、さかいひろこさんのサイトを追加しました。両人とも縄文のイラストで有名な方です。もう1人、妻木晩田や桜町の復元イラストを書かれている早川和子さんも忘れてはいけませんね。この人たちに限らず、最近のイラストは一般向けに書かれていますから、古代人がみな活き活きと楽しそうに描かれています。
 ところで、最近有名になった大きな遺跡や大きな展示会では考古学のデザインのグッズがいろいろ売られています。レプリカや絵葉書、テレカ、ノート、ファイル・・・。ところが私はいまいち買う気になれません。
 これは私だけの思い込みかもしれませんが、こういうイラストを考古学グッズにもっといかせたらと思います。早川さんのイラストは絵葉書として売られていますが、出土品の写真よりもイラストほうが断然心が和みますし、出土品など専門家はいくらでも別ルートで写真入手が可能な訳です。或いは、写真だとインパクトが強すぎるという問題もあります。それよりもちょっとした出土品のイラスト入りのカレンダーやブックマーク、便箋などあれば、と思います。
 と、書いた直後、株式会社ミュゼが制作している考古グッズのページをみつけました。こういう感じで各地の遺跡が紹介されたらとおもいます。

 早川さんの作品:
  妻木晩田遺跡復元画(みんなで考古学)桜町遺跡復元画(富山県)考古学は楽しい上淀廃寺復原画
 株式会社ミュゼの考古グッズ(博物館∞情報工房)

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