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9月11日(土) 岩宿遺跡発掘50周年
 日本の旧石器文化の存在証明に大きな役割を果たした明治大学による岩宿遺跡の発掘から昨日で50年経った。本当は記念のリンクページをアップしようと準備中だったのだが間に合わなかったので少し書いてみることにした。
 旧石器文化についての知識はほとんどないが、岩宿遺跡について考えるということは当時の学界の状況を考えるということに繋がってくる。そこで関連する本をいくつか読んだりしてみた。
 そこで分かったことは旧石器文化の存在はマンローだけではなく、その後も学者によって可能性が指摘されていたことや、在野の研究がなかなか認められなかったこと、明大の発掘であっても必ずしもすぐには受け入れられなかったこと、などなど。時代の差に驚きの連続だった。
 何よりも派閥というのか、官学の権威というのか、直接学問と関わらないはずの人間関係という大きな壁が、自由な研究の前に立ちはだかったいたということが新鮮だった。もちろんこれを評価する訳ではないが、緻密な科学的分析の上に成り立っていると思っていた学問がこんなにも人間臭いものだったということに驚いたのである。
 学史というのは考古学の中では唯一人間臭さを感じさせる分野である。だから、わざわざ学史を研究テーマの1つとしている先生方の客観的な解説書は面白くない。むしろ伝記や回想、追悼といった個人の主観によるもののほうが面白い。主観はあくまで主観であり、別の人の本ではいろいろ違う見方で書かれているので読んでいて飽きることはない。
 何かタイトルとは離れてしまったようなので戻そう。他の時代に比べると旧石器時代の学史では比較的民間の研究者の活躍が大きいように思われる。岩宿・茶臼山から上高森まで学史上重要な発見は民間の研究者によって行っている。
 まあこの指摘はどこかで聞いたことはあったかもしれない。では、それはどうしてなのか? 残念ながらこの答には未だにお目にかかっていないが、非常に興味深い問題である。
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