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【2001年】
【『月刊文化財』2001年6月号より】

史跡等の保存・整備・活用事業の在り方について(報告)

平成13年4月19日 史跡等整備の在り方に関する調査研究会

《史跡等の保存・整備・活用事業の在り方について(報告)の構成・概要》


はじめに
「4つの視点」の設定
(1)理念の明確化と内容・手法の充実・向上の必要性 → T
(2)総合的で多面的な個別事業の展開の必要性 → II
(3)史跡等の周辺環境を視野に入れた事業展開の必要性 →III
(4)実施体制の整備の必要性 → IV

I.理念の明確化と内容・手法の充実・向上
(1)各事業において蓄積された知識や経験等の情報の総括が必要。
(2)情報の総括を踏まえ、事業に共通する理念の明確化が必要。
(3)理念と情報の共有化のために、手引書の作成及び研修会の開催が必要。
(4)理念を実現していくために、事業の内容・手法の充実・向上が必要。
(5)理念のうち、今後の事業展開上重要となる二つの視点をII、IIIに展開。

II.総合的で多面的な個別事業の展開
(1)地域住民に対してゆとりある生活空間を提供するために、事業は歴史・文化の保存・伝承の側面から先導的な役割を果たすことが必要。
(2)事業主体が、地域住民に対して史跡等の価値や保存の意義だけでなく、史跡等の将来像を展望しつつ・事業展開に関する基本的な考え方を総合的、多面的に示していくことが必要。
(3)史跡等の特徴と地域の個性を活かした事業展開が必要。
(4)事業効果を総合的・多面的に評価することが必要。

III.史跡等の周辺環境を視野に入れた事業の展開
(1)「文化財」としてとらえる対象の拡大傾向に伴い、周辺の自然環境を含めた地域空間の全体像を視野に入れ、個々の史跡等の文化財を単独ではなく歴史的文化的な文脈において、それぞれを関連性のある総体としてとらえ、事業を展開することが必要。
(2)他部局の事業と有機的に連携することが必要。

IV.実施体制の整備
(1)地方分権等の進展に伴い、事業を支える機関・組織に変化がみられることから、事業の理念を定着させるとともに、内容・手法の充実・向上を図り、II、IIIに掲げた新たな視点を実現するためには、事業における各機関・組織の役割分担及び連携の在り方等を再整理することが必要。
(2)大規模史跡等及び広域にわたって点在する史跡等においては、総合的な事業の実施体制の構築が必要。

まとめ
(1)理念の定着を図り、今後の事業展開上重要な視点を実現するためには、各機関・組織等において財政と人材の確保及び体制の整備が不可欠。
(2)その前提として、理念と情報の共有化のために手引書の作成が極めて重要な課題。

目 次

はじめに
I 理念の明確化と内容・手法の充実・向上
1 知識・経験の共有化と理念の明確化の必要性
(1)知識・経験の蓄積
(2)保存・整備・活用のための理念の明確化
(3)手引書の作成と活用及び研修会の開催
2 幅広く多彩な整備の手法や技術の導入
3 調査研究の位置付けとその活用
(1)事業の過程における調査研究の位置付けの明確化
(2)基礎的・応用的調査研究の推進
(3)事業の枠組みに関する新しい調査研究の推進
(4)調査研究の成果の公開

II 総合的で多面的な個別事業の展開
1 地域の特色を活かした個性的な事業の展開
2 史跡等の公開・活用及び管理・運営を視野に入れた事業の実施
3 総合的で多面的な事業効果の評価
(1)適切な事業目標の設定
(2)事業効果の多面的な把握と評価

III 史跡等の周辺環境を視野に入れた事業の展開
1 史跡等の周辺環境の保全を含めた広域にわたる事業の展開
2 他部局が所管する事業との有機的な運携の必要性

IV 実施体制の整備
1 人材の確保及び体制の整備
2 大規模史跡等における総合的な事業の実施体制の構築
(1)大規模史跡等及び広域にわたって点在する史跡等の事業及びその機関
(2)各機関に求められる課題
3 事業を担う各機関・組織の役割分担と相互連携
(1)事業を担う機関・組織の多様化
(2)各機関・組織の役割分担と課題
(3)各機関・組織における連携

まとめ

史跡等整備の在り方に関する調査研究会 名簿【略】
史跡等整備の在り方に関する調査研究会 開催実績 【略】



はじめに

 史跡名勝天然記念物(以下「史跡等」という。)は、我が国の歴史や文化の成り立ちを理解する上で欠くことのできない国民共有の財産であり、将来の日本文化の向上、発展の基礎をなすものである。したがって、史跡等を次世代に継承していくため適切に保存していくとともに、広く国民が親しむことができるように整備・活用していくことが行政上の重要な課題となっている。
 史跡等の保存・整備・活用については、大正8年(1919)に史蹟名勝天然紀念物保存法が制定されてから80年以上、昭和25年(1950)に文化財保護法が制定されてから50年以上の歳月が既に経過し、これまで各種事業の成果が蓄積されている。現在、これらの成果を総括し、課題を明らかにするとともに、これからの望ましい事業の在り方について展望すべき時期に来ている。
 これらのことを踏まえ、史跡等の適切な保存・整備・活用事業の推進を図る上で必要となる種々の情報の収集と課題の整理を行い、将来的な方向について検討を行うことを目的として、平成10年7月に「史跡等整備の在り方に関する調査研究会」(以下「調査研究会」という。)が設置された。本調査研究会は、座長である西和夫神奈川大学教授を含む計八名の専門委員と、都道府県・市町村教育委員会、独立行政法人文化財研究所(旧奈良国立文化財研究所)等の実務担当者等である17名の協力委員とで構成している。調査研究会では、史跡等の保存・整備・活用事業に関するさまざまな問題についてあらかじめ協力委員による検討会において審議を行い、その結果に基づいて専門委員と協力委員との合同会議においてさらに議論を深めた。また、調査研究に資するため、都道府県・市町村教育委員会の関係者をはじめ、事業を調査研究の側面から支援する独立行政法人文化財研究所(旧奈良国立文化財研究所及び旧東京国立文化財研究所)の関係者、事業を技術的な側面から支援する設計コンサルタントや文化財の保存修理及び保存処理等を専門とする公益法人等(以下、「コンサルタント等」という。)の関係者に惰報収集会議への参加を求め、それぞれにおける事業の成果や課題に関する意見交換を行い、その成果を適宜、調査研究会の審議に反映した。
 本調査研究会は、3か年にわたる継続的な審議を踏まえ、以下に記す4つの視点の下に本報告書をとりまとめるものである。
(1)理念の明確化と事業内容・手法の充実・向上の必要性
 全国各地で実施されている史跡等の保存・整備・活用事業において、各種の手法が試され、さまざまな知識や経験等の情報が蓄積されつつある。それらの成果に関する情報の収集と総括を行い、総合的な評価に基づいて史跡等の保存・整備・活用事業に共通する理念を明確化するとともに、事業の内容・手法のさらなる充実と向上を図る必要がある。明確化すべき理念のなかでも、とりわけ以下に掲げる2つは今後、事業を発展させていく上で新たに重要な視点となるものである。

(2)総合的で多面的な個別事業の展開の必要性
史跡等を含めた文化財の保存・整備・活用事業は、地域住民に対してゆとりある生活空間を提供する諸施策のひとつとして、特に歴史や文化の保存・伝承という側面から先導的な役割を果たす必要がある。個別の史跡等の保存・整備・活用事業を進める主体が、地域住民に対して史跡等の学術的価値やそれを保存することの意義を明確に示すだけでなく、史跡等の将来像を展望しつつ、個別の事業を展開する上での基本的な考え方を総合的、多面的に示していく必要性が高まってきている。
(3)史跡等の周辺環境を視野に入れた事業展開の必要性
 時代が変化し人々の価値観が多様化するのに伴って「文化財」としてとらえる対象が拡大する傾向にあり、文化財が周辺の歴史的・社会的・自然的環境との密接な関わりのなかで育まれ、伝えられてきたことに対する認識が深まりつつある。このため、文化財周辺の自然環境をも含めた地域空間の全体像を視野に入れつつ、史跡等を含めた個々の文化財をそれぞれ単独のものとしてとらえるのではなく、歴史的・文化的な文脈において相互に関連しあう総体としてとらえ、それらの保存・整備・活用事業を推進することが求められている。
(4)実施体制の整備の必要性
 地方分権等の進展に伴い、史跡等の保存・整備・活用事業を支える機関や組織にも新たな変化がみられる。今後、各事業に共通する理念の定着を図るとともに、特に(2)(3)に掲げた2つの新たな視点を実現していくためには、事業の実施体制の在り方や各機関・組織の役割分担の在り方等を再整理する必要がある。
 本調査研究会は、本報告において史跡等の保存・整備・活用事業のこれまでの成果を踏まえつつ、その将来における望ましい在り方について基本的な方向性をとりまとめることとする。本調査研究会としては、今後とも引き続き地方公共団体その他の関係者との緊密な情報交換の下に、これら
の基本的な方向性をさらに具体的なものへと発展させていくよう努力することとしたい。

I 理念の明確化と内容・手法の充実・向上

1 知識・経験の共有化と理念の明確化の必要性

(1)知識・経験の蓄積
 昭和40年代以降、それまで主流であった史跡等の管理や復旧のための事業に加え、史跡等を確実に保存し、来訪者の史跡等に対する理解を助け、地域の歴史や文化の伝承、自然環境の保全にも資することを目的として、広く史跡等の整備が行われるようになった。遺構そのものに覆屋を架けて展示することや、遺跡を埋め戻した後に遺構の規模・構造をいろいろな材料を用いて表現するために各種の手法が試されたほか、史跡等の活用上必要となる快適な空間づくりも史跡等の整備の一環として行われた。また、昭和60年代から平成元年頃にかけて、地域の再生やふるさとを見直す機運が高まるなかで地域文化の振興が注目されはじめ、文化庁においても平成元年度に史跡等活用特別事業(ふるさと歴史の広場事業)が創設されるなど、失われた建造物や構造物の復元的整備や隣接地におけるガイダンス施設の建設等を含めて、史跡等の活用に主眼を置いた新たな整備手法が導入された。こうして、史跡等の保存・整備・活用は事業として本格化するとともに内容も充実し、それらが全国各地の史跡等で実施されるようになった。
 このように、事業が幅広く進展するのに伴って、現在、各地において保存・整備・活用事業に関するさまざまな知識が蓄積されつつある。斬新な発想の下に多彩な材料や技術を用いた整備手法が試みられ、豊かな創意の下に独自の活用スタイルが企画されている。そこには、事業の内容の面だけでなく、事業の進め方の点においても、学ぶべき数々の経験を認めることができる。

(2)保存・整備・活用のための理念の明確化
 全国各地で史跡等の保存・整備・活用事業が積極的に取り組まれ、その件数が増加するのに伴って、事業の内容も多様化してきた。それらのなかには、他の模範ともなる内容を持つものから、再検討すべき点を含むものまで幅広く見られることから、史跡等の保存・整備・活用事業を行うに当たっての理念を確立し、共通理解の形成に努めることが必要となってきている。
 史跡等の保存・整備・活用事業の基本的な理念は、国民共有の財産である史跡等を保存し次世代へと確実に伝えるとともに、その潜在的な価値をさらに引き出し、現代生活に適切に活かしていくことにある。したがって、そのなかには、史跡等の本体を保存・管理するのみならず、時代によって育まれ洗練されてきた伝統的な技術や新しく開発された技術を活かし、史跡等の立地や成立の背景となる歴史的・自然的景観及び環境の保全・再生を図るとともに、地域の住民が日常生活のなかで憩いつつ歴史や文化に親しみ、学校教育や生涯学習活動等を通じて学ぶことができるように、適切に整備することを含むものである。史跡等が整備されることにより、地域の住民にとっての文化的活動の場として、まちづくりや地域づくり、ゆとりある生活空間づくりの中核となるばかりでなく、地域の文化的な観光資源となることも視野に入れる必要がある。
 個別の事業を開始するに当たっては、このような理念に基づいて当該事業の基本方針を定め、それらを事業関係者の間で十分に共通の認識としておく必要がある。出発点において十分な合意がなされていない場合には、そのことが事業の進展を遅らせ、事業を誤った方向へと導く原因になりかねない。なぜ史跡等を保存し整備するのか、どのように将来に守り伝え、地域住民の日常生活にどのように活かしていくのか等の点について十分な議論を重ね、合意形成に努める必要がある。

(3)手引書の作成と活用及び研修会の開催
(1)で述べたように、各地において史跡等の保存・整備・活用事業に関する知識・経験の蓄積が進んでいるが、整備事業を実際に始めようとしている地方公共団体の職員にとって、事前にそのような知識や経験等の情報に接し、それらを十分に理解することは極めて困難な状況にある。事業を始めようとしている地方公共団体の職員の間では、史跡等の保存・整備・活用の手法をもっと知りたい、事業を進めていく上での手順を知りたいなどの要望が強まっており、これらの切実な声を踏まえ先に述べた各種の経験を集約して、広く提供できるようにすることが必要である。
 また、史跡等を含めた文化財は個々に特徴があり、一様のものではない。そして、それらが所在する地域との関わりも様々である。したがって、史跡等の整備・活用事業は、常に地域の創意・工夫を活かした弾力的な内容を目指す必要がある。しかも、それらは史跡等の保存の観点を十分に踏まえ、史跡等に対する理解を適切に促進するものでなければならない。そのため、(2)で述べたように史跡等の保存・整備・活用事業に関する基本的な考え方の整理を行い、それを理念として明確化するとともに、許容できる事業の内容や範囲、模範となる事業の在り方等について示すことが必要である。
 これらのことを実現するためには、これまでに蓄積された豊富な知識や経験等の情報を集大成するとともに、史跡等の保存・整備・活用事業の理念や許容できる事業の内容及び範囲、模範となる事業の在り方等を含めて、新たに事業を開始するに際して参考となる事項をわかりやすく手引書にまとめることが必要である。このような手引書を最大限に活用することによって、史跡等の保存・整備・活用事業の水準を全般的に向上させることが可能となる。
 また、手引書の作成や活用に加えて、各種の研修会を開催して情報交換に努めることも必要である。現在、毎年一回、地方公共団体が順に主催して「全国遺跡環境整備会議」を開催しているが、情報交換のための研修会は全国規模だけでなく、各地方や都道府県を単位とするもの、特定の種別の史跡等に関連するものなど、目的や対象に合わせてきめ細かく開催されることが望ましい。

2 幅広く多彩な整備の手法や技術の導入

 史跡等の保存・整備・活用事業においては、史跡等を構成する要素を確実に保存し将来に伝達するとともに、来訪者に正確な情報を提供し史跡等への理解を助けることを目的として、標識、説明板、境界標、囲柵等の管理施設の設置や歴史的建造物及び石垣等の保存修理・復旧をはじめ、多種多様な手法を用いた整備が行われてきた。そのなかで、遺構の平面的・立体的な規模と史跡等の空間の広がりとを種々の素材を用いて象徴的に表現する手法や、遺構に覆屋を架けて直接観覧できるようにする手法など、遺構の野外展示に関する多彩な整備の在り方が追求されてきた。また、史跡等を活用する上で必要となる案内施設及び便益施設の設置や、樹木植栽によって緑陰を造るなど、史跡等の見学者が快適に時間を過ごせるような空間づくりも行われてきた。このような整備の各種手法は、昭和30〜40年代に特別史跡平城宮跡や特別史跡百済寺跡をはじめとする都城跡や寺院跡の史跡等において試験的に実施された後、特別史跡多賀城跡附寺跡、特別史跡一乗谷朝倉氏遺跡、特別史跡大宰府跡及びその関連史跡等において手法の適性についての確認が繰り返し行われ、現在では全国の史跡等の整備事業においても定着している。
 近年においては、特別史跡三内丸山遺跡や特別史跡大湯環状列石、特別史跡吉野ヶ里遺跡、特別史跡西都原古墳群、特別史跡讃岐国分寺跡、特別史跡熊本城跡などに見られるように、発掘調査の成果や歴史的資料等に基づいて、失われた建造物や構造物の復元的な整備を行う事例や、史跡等の隣接地に屋内展示やガイダンス、体験学習などの活用を目的とした施設を設ける事例などが増えてきており、史跡等の整備事業の内容もより多彩に前進している。
 また、史跡等を保存する技術についても、伝統的技術と新技術の双方において確実に発展してきた。伝統的技術については、歴史的建造物や石垣等の修理の分野において、全体を解体して、損傷を受けた部材のみを取り替えながら新たに組み直す修理手法を通じて、意匠・構造・材料・技法の各側面からそれらの価値を保存・伝達していくための信頼性の高い技術が確実に伝えられてきた。同時に、史跡等を保存する新技術についても、この間、飛躍的な発展を遂げた。例えば、遺構及び出土品等の保存科学的な処理の分野において、新たな機器や薬剤等の導入の下に遺構の状態や環境を十分考慮した保存手法の開発が追求されてきたほか、工学技術の分野においても、耐震等の防災面における遺構の構造補強や安定化等に関する新技術の開発・導入等の努力が継続されてきた。
 このような経過を踏まえ、今後とも、史跡等の整備手法をより幅広く多彩に充実・向上させるとともに、史跡等の保存に関わる伝統的技術の継承や新技術の開発・導入について一層の推進を図ることが必要である。このため、前記1−(3)で述べた手引書の作成と活用及び研修会の開催に当たっては、このような整備の手法・技術の充実・向上を図りさらに高度なものへと発展させるという観点も十分に盛り込む必要がある。また、個別の事業を実施する際には、従前の整備の手法や技術の成果を活用しつつ、伝統的な技術や素材の使用に十分配慮するとともに、新たな手法や素材、技術等の導入を試みることが重要である。同時に、独立行政法人文化財研究所をはじめとする各研究機関等においては、伝統的技術をさらに解明することや、整備の新しい手法や技術に関する研究開発を一層推進させることが期待される。伝統的技術の伝承に関しては、文化財保護法による文化財の保存技術の保護制度を活用して、技術者や技術集団の保護・育成のために適切な方策を検討することも必要である。

3 調査研究の位置付けとその活用

(1)事業の過程における調査研究の位置付けの明確化
 史跡等の整備・活用事業が本格化して一定の時間が経過したが、整備・活用面に関する行政は保存面に関する行政に比較すると後発であり、現段階においてもなお理念や手法などの確立期にあるといってよい。従来、史跡等の種別や立地条件、史跡等の内外の歴史的・社会的・自然的環境などは多種多様であることから、事業の理念や進め方など企画に関する事項をはじめ、実際の保存修理や整備等の技術的な手法に至るまで、個別の事業において試行錯誤を繰り返し、その適否について確かめつつ進められてきたのが現実である。もちろん、それらは各々の史跡等に関する調査研究の成果に基づいて進められてきたわけであるが、ともすれば事業としての側面が重視され、事業の進行過程で行われる種々の実験等の調査研究を軽視する傾向にあったことも否めない。史跡等の保存・整備・活用事業においては、調査研究の側面と事業の側面とが分かちがたく結びついているものであり、今後、史跡等の保存・整備・活用事業の学術的な信頼性を高め、さらに高度な内容と手法を持つものへと充実・向上させていくためには、事業の過程において調査研究を明確に位置付けることが重要である。

(2)基礎的・応用的調査研究の推進
 個別の史跡等の保存・整備・活用事業に係る調査研究には、基礎的な調査研究と応用的な調査研究の2つがある。基礎的な調査研究とは、事業に着手する以前に、事業の基本的な内容や方向を定めるために必要となる調査研究である。例えば、発掘調査や史料の収集等に関する学術的な調査研究、遺構の保存のための技術的手法を決定するために行われる調査研究、事業を推進する上での歴史的・社会的・自然的諸条件に関する各種の調査研究などがこれに該当する。応用的な調査研究とは、基礎的な調査研究の成果を踏まえて、事業の進行の過程で行われる各種の実験や試験などの調査研究である。事業を進めるに当たっては、基礎的な調査研究と応用的な調査研究の双方の成果を踏まえて、整備計画の立案手法や施工上の技術的手法等が適切であるか否かについて、常に確かめていくことが重要である。

(3)事業の枠組みに関する新しい調査研究の推進
 個別の史跡等の保存・整備・活用事業において、基礎的・応用的な調査研究を充実させるだけでなく、事業を進めていく上での手順や、種々の課題の解決手法など事業の枠組みそのものをテーマとする調査研究を推進していくことも必要である。このような調査研究には、例えば、事業の各段階で必要となる各種の基礎的・応用的な調査研究の組立て方や、それらの成果を事業に反映させる方法などをテーマとする調査研究、あるいは広域にわたる史跡等の保存・整備・活用計画の策定のために必要な枠組みに関する調査研究、さらには事業を担う機関・組織の役割・構成に関する調査研究などがある。これらの新しい分野における調査研究は、史跡等の保存・整備・活用事業の主体となる地方公共団体が事業を効果的に進める上で示唆的な内容を含むものと考えられる。したがって、このような調査研究に地方公共団体の職員が大学や研究機関の研究者と共同で積極的に関わっていくことが重要であり、事業主体による予算措置だけではなく、各種研究助成金の活用をも視野に入れて、積極的な推進を図ることが望ましい。

(4)調査研究の成果の公開
 調査研究の成果を当該事業に反映させるとともに、その後の事業の実施に広く反映させていくことも重要である。そのためには、事業終了後に公刊する事業報告書において、事業の内容や経過、留意した点や斬新な取組だけでなく、事業の過程で行った実験の成果や明らかとなった問題点及び課題等についても詳細に報告するとともに、各種の研修会等において公表していくことが必要である。

II 総合的で多面的な個別事業の展開

1 地域の特色を活かした個性的な事業の展開

 において述べた史跡等の保存・整備・活用事業の基本的な理念のなかでも、今後、特に重要となるもののひとつが、史跡等と地域の双方の特色を活かしつつ、歴史や文化の側面から各種の施策を先導していくことの可能な総合的、多面的な事業を展開することである。
 史跡等は、全ての国民にとって価値を有するものとして国が指定したものであるが、当然、それらが所在する地域の歴史や文化に最も深く関係するものである。したがって、史跡等の保存・整備・活用事業は、国全体として共通する基本的な理念を踏まえつつ、本来、それぞれの地域で主体的に取り組まれるべき性質のものである。このため、史跡等の所有者又は管理団体である地方公共団体が主体となり、それぞれの史跡等の特性と地域の特色を踏まえ、創意や工夫を活かした事業を積極的に進めることが重要である。
 特に近年においては、史跡等の保存・整備・活用事業は、地域住民に対してゆとりある生活空間を確保していくための各種施策のなかで、歴史や文化の保存・伝承という観点から他の事業を先導していく重要な役割を担うものとなってきている。したがって、当該史跡等が所在する地方公共団体にとっては、地域住民に対して史跡等の学術的価値やそれを保存することの重要性を明確に示すことのみならず、史跡等の適切な将来像や事業の展開に関する基本的な考え方を総合的・多面的に示していくことが極めて重要な課題となりつつある。
 このような事業の意義や役割を明確に認識し、史跡等の特性や地域の特色を踏まえて、史跡等の保存・整備・活用事業を総合的・多面的に進めるためには、地域住民の事業への参加が不可欠である。住民が何らかの形で事業に参加することは、史跡等の価値や成り立ち、史跡等が日常生活のなかで果たす役割等について考え、それらの望ましい保存と活用の在り方について合意を形成する絶好の機会をもたらす。それは、地域の歴史や文化を共有して生きる人々の間に、共通のアイデンティティーを確認する場を提供することでもある。したがって、事業の主体となる行政機関は、史跡等の適切な保存と活用を求める住民の声を常に事業に反映できるよう努力する必要がある。その方法は、事業の進捗に合わせて様々な視点から模索していくことが望ましい。例えば、個別の事業の開始に伴って設置される整備委員会等に住民代表の参加を求め、要望や意見を適切に反映させていくことや、講演会及び学習会、発掘調査や修理・整備の現地説明会等を開催し、史跡等の価値について周知するとともに、その保存と活用の在り方について広く意見交換を行うことができる場を設けることも重要である。

2 史跡等の公開・活用及び管理・運営を視野に入れた事業の実施

 史跡等の保存・整備・活用は常に一連の流れをなしており、それぞれを切り離してとらえることはできない。特に史跡等の「整備」は、史跡等の適切な「保存」と「活用」を目的として実施するものであり、その手法は種々の公開・活用を含めた史跡等の管理・運営の在り方とも深く関連している。したがって、事業の過程では、常に整備後の公開・活用及び管理・運営に関する適切な手法・体制・財政的措置等について十分な検討を行い、その実現を図っていく必要がある。
 公開・活用の施策については、史跡等に対する適切な理解を助けるために、その史跡等の特徴や地域との関わりに根ざした創意と工夫のある企画を継続するとともに、それらの知識と経験を蓄積し次世代に伝えていく努力が必要である。また、管理・運営に関しては、史跡等の管理団体である地方公共団体が当該史跡等の管理条例を定め文化財主管課が主体的に管理を行うほか、例えば都市公園等の他の事業との連携の下に管理や運営を効果的に進めていくことも検討する必要がある。その場合には、文化財主管課は管理に当たる公園部局等に対し当該史跡等の適切な保存・活用の観点から基本的な方針を明確に示し、管理等が文化財としての意味や価値を損なうことのないように留意することが重要である。
 また、日常的な清掃や除草、あるいは見学者への説明及び体験学習の指導補助など、整備された史跡等の公開・活用及び管理・運営に住民がボランティアなどとして積極的に参加できるような取組を進め、そのための体制を整えることも重要である。

3 総合的で多面的な事業効果の評価

(1)適切な事業目標の設定
 史跡等は、それが所在する地域の文化や自然を背景として生み出され、長い歴史のなかで育まれてきたその地域に固有の資産といえるものである。史跡等をより確実に保存し整備することによって多様な潜在的価値を十分に顕在化させ、同じ地域に住み歴史や文化を共有する人々が相互のつながりを強く意識できる場とするとともに、地域の歴史や文化に根ざしたまちづくりの中核として位置付けることが可能となる。
 同時に、整備された史跡等は、日常生活のなかで地域の歴史や文化に身近に接しつつ憩うことのできる場であるとともに、体験学習等の各種のソフト事業を通じて、学校教育における総合学習や地域住民にとっての生涯学習の場として、心の教育にも資する効果を十分持っている。
 また、個々の史跡等をとりまく内外の環境は、史跡等が彩成された時代の歴史的・社会的・自然的な背景となるものを多く含んでおり、史跡等の立地や選地を理解する上で極めて重要な役割を果たしている。そのため、各地で史跡等を整備する事業が多種多様に行われているほか、史跡等をとりまく周辺の環境保全のために条例を制定するなど各種の取組が行われている。
 このように、各々の史跡等の保存・整備・活用事業を核として、ハードとソフトの両面にわたって実施されている多くの取組は、当該史跡等の保存・活用にとどまらず、魅力のあるまちづくりや内外の自然環境の保全にも極めて大きな効果を発揮している。
 しかし、現実には、史跡等の保存・整備・活用事業を行えば地域経済の活性化につながるのではないかという甘い憶測や過度の期待感、あるいは経済的効果を生むことが事業を行うことの前提条件ででもあるかのような誤ったとらえ方などがある。来訪者数や利潤といった数量的な指標に基づく評価が、整備事業が完了した後にも毎年継続する活用事業や管理・運営事業の予算査定の材料になる場合も多い。このような史跡等の保存・整備・活用事業における経済的な側面も重要ではあるが、それはあくまでも
史跡等の整備・活用という文化財保護上の施策の反射的な効果に過ぎないのであって、それ自体を目標とするような誤ったとらえ方をねばり強く是正していく努力が必要である。

(2)事業効果の多面的な把握と評価
 このように、史跡等の保存・整備・活用事業の効果は、より総合的な、住民の文化的に潤いのある生活の形成といったことにまで及ぶものであるから、それらを多面的に評価していくことが重要である。整備に用いた技術的手法や利活用の実態などについて整備後の経過の追跡を行い、事業の評価を継続的に行っていくことが求められており、そのための体系的な手法を研究開発することも検討する必要がある。特に、長期的な展望の下に史跡等の保存・整備・活用事業を継続していくためには、事業の多面的な効果を定期的に把握し、具体的に公表していくことを忘れてはならない。そのためには、入場者数や来訪者数等の数量的に表れる事象の調査だけでなく、史跡等の周知の程度を定期的に調査したり、企画に対する住民の反応を聞き取るなど、整備・活用事業の効果を具体的に把握するために、多彩な調査を継続的に実施する必要がある。それらの成果を踏まえて、保存・整備・活用事業の効果を多角的な視点から客観的に把握し、総合的に評価する上での手法を研究開発することも重要である。

III 史跡等の周辺環境を視野に入れた事業の展開

1 史跡等の周辺環境の保全を含めた広域にわたる事業の展開

 時代が変化し人々の価値観が多様化するのに伴って「文化財」としてとらえる対象が拡大する傾向にあり、文化財が周辺の歴史的・祉会的・自然的環境との密接な関わりのなかで育まれ、伝えられてきたことに対する認識が深まりつつある。このため、周辺の自然環境をも含めた地域空聞の全体像を視野に入れつつ、史跡等を含めた個々の文化財を単独のものとしてとらえるのではなく、歴史的・文化的な文脈において相互に関連しあう総体としてとらえ、事業を推進することが求められている。このことは、史跡等の保存・整備・活用事業の基本的な理念のうち、今後の重要な視点となるものである。
 すでに述べたように、史跡等をとりまく環境は史跡等が形成された時代の歴史的・社会的・自然的な背景を含んでおり、史跡等の立地や選地を理解する上で極めて重要な役割を果たすものである。各地の事業においては、史跡等の周辺の敷地を確保して史跡等の内外の環境を一体的に整備・活用し、周辺の景観保全のために条例を制定するなど、史跡等をとりまく環境の保存と再生の試みが行われており、今後ともこのような取組を一層推進する必要がある。
 とりわけ、相互に歴史的・文化的な関連性を有する一群の史跡等が広域にわたって点在しているような場合には、複数の市町村に及ぶ広い地域を対象として全体をいわゆるエコミュージアムやフィールドミュージアムとして位置づけるなど、史跡等が形成された時代の文化的・自然的な背景をなす周辺環境の保全をも広く視野に入れた保存・整備・活用事業を進めることが重要である。
 また、地域空間内に標識や案内板などを統一的・系統的に配置することにより、史跡等を含めた文化財相互の関連性に対する理解を助けるとともに、多様な活用ソフトを企画することにより、点から面へと文化財のネットワークを広げ、地域の歴史や文化の成り立ちを豊かに浮かび上がらせるような試みも必要である。例えば、特別史跡大湯環状列石や天然記念物長走風穴植物群落などをはじめとして、秋田県北部地域に点在する史跡等を含めた文化財を周辺の自然環境をも含め幅広く有機的に活用していくために、秋田県教育委員会を中心とする関連10市町村が連携してガイドブック等の作成を行い、実際にそれらを使ったシンポジウムやワークショップ等の多彩な活用の企画に取り組んでいる。このような取組は、岩手県や滋賀県、佐賀県などにおいても行われている。

2 他部局が所管する事業との有機的な連携の必要性

 近年、各地では広く地域の自然環境を保全し、まちづくりや地域の活性化をも視野に入れた事業展開を図るために、他の事業との有機的な連携の下に史跡等の保存・整備・活用事業を進めようとする事例が多くなってきている。例えば、史跡等の周辺を含めた広い空間の整備のために、都市公園関係の整備事業を取り込んで行う事例や、地域文化財・歴史的遺産活用による地域おこし事業の下に実施される事例などがあるほか、歴史の道整備活用推進事業と国土交通行政関係の歴史国道整備事業及び歴史的地区環境整備街路事業、まちづくり総合支援事業などと連携した事例、あるいは複数の文化財を対象として周辺環境をも含めた保存・整備・活用事業を進めるために農林水産行政関係の田園空間整備事業と有機的な連携を図る事例など多種多様である。
 これらの他部局が所管する事業は、本来、史跡等の保存・整備・活用とは別の目的を持つものであるが、史跡等の保存・整備・活用事業の効果を補完する効果を持っている。バランスのとれた総合的なまちづくり、地域づくりを進めていくためには、都市計画、地域計画、農山漁村計画等をもとにして行われる広域事業を歴史的・文化的な観点から適切に誘導していくことが必要であり、その中核的な役割を担うものとして史跡等の保存・整備・活用事業を積極的に位置付けていくことが求められる。そのような観点の下に、地方公共団体の文化財主管課が主体となって史跡等の保存・整備・活用事業に取り組むことは、地域住民に対してはもちろんのこと、行政機関内部の他部局に対しても、文化財保護行政の趣旨や目的、総合的・多面的な効果等について積極的な説明を行える場となることを十分に認識する必要がある。したがって、基本的には、今後ともこれらの他の目的をもつ事業とも適切に連携しつつ、多彩な事業の進め方を検討していくことが肝要である。
 また、単独の史跡等において周辺の歴史的・社会的・自然的環境との一体的保護を図る場合のみならず、複数で多岐にわたる文化財を広く地域空間のなかで有機的に保存・活用する場合、あるいは最近注目されつつある棚田や里山など特定の生業と直接関連して形成された文化的景観を保護する場合等においては、特に地域産業の振興やそれらの基盤となる諸施設の整備事業など、地方公共団体の文化財主管課以外の部局が所管する事業と適切に連携して、より効果を挙げることが望ましい。


IV 実施体制の整備


1 人材の確保及ぴ体制の整備

 史跡等の保存・整備・活用事業の理念を定着させ、その内容や手法の充実・向上を図るとともに、事業を総合的・多面的に前進させ、地域住民の文化的な生活の向上に資するためには、国、地方公共団体を含めて事業に関する財政と人材の確保及び体制の整備に十分努力することが重要である。
特に、史跡等の保存・整備・活用事業は、十分な調査研究を踏まえて史跡等の価値を把握した上で、その価値を損ねることのないよう慎重に実施する必要があることから、長期間にわたることが多い。そのため、事業の開始に当たってはあらかじめ専任となる人材の確保に努めるとともに、長期間にわたる事業の継続にも耐え得るように組織体制を確実に整備する必要がある。
 史跡等の保存・整備・活用事業の主体となることの多い市町村教育委員会の文化財主管課における体制整備はもとより、都道府県教育委員会の文化財主管課においても豊富な知見に基づいて市町村を十分支援するための体制整備に努める必要がある。
 また、事業の進展に伴って職員の資質や技術・能力の向上が期待される。文化財保護の専門職員は、史跡等の保存・整備・活用事業に対して文化財に関する専門的な見地からのみアプローチする場合が認められるが、まちづくりや地域おこし等の幅広い活用という観点も視野に入れて柔軟に取り組むことが望まれる。都道府県又は市町村教育委員会の文化財主管課、あるいは長期間にわたって特定の史跡等の保存・整備・活用事業を継続的に実施している都道府県の博物館や調査研究機関等のそれぞれにおいて、担当職員に期待される資質や技術・能力は異なっており、各々の機関に配置される職員は次のようなものであることが望ましい。
 各都道府県教育委員会の文化財主管課では、史跡等の保存・整備・活用に関する専門的知識や経験を背景とした行政的な調整能力を有する者であること、さらに市町村教育委員会の文化財主管課では、幅広い専門的知識を踏まえつつ、地域振興の観点からも豊かで柔軟な企画立案を行う能力等を有する者であることが望ましい。また、長期間にわたって特定の史跡等の保存・整備・活用事業を継続的に実施している博物館や研究機関等においては、史跡等の保存・整備・活用に関する総合的な研究能力や高い専門性が問われるため、考古、歴史の分野とともに都市計画や土木技術の分野、とりわけ造園学や建築学等に通暁する専門職員が配置されることが望ましい。
 このような資質や技術・能力をもつ人材を各々の機関の特性や職掌に合わせて育成するためには、独立行政法人文化財研究所において研修事業をさらに充実させるとともに、各地方公共団体において研修事業への積極的な参加を促すことが必要である。同時に、各地方ブロックや都道府県・市町村等の各対象分野に合わせた研修会等を通じて、相互の情報交換を緊密に行うことが望まれる。 また、地方公共団体の内部においては、事業の実施に際し一般行政職員と専門職員とが連携を密にし、相互の任務を補完しつつ事業に臨めるような体制を整備することも必要である。


2 大規模史跡等における総合的な事業の実施体制の構築

(1)大規模史跡等及び広域にわたって点在する史跡等の事業及びその機関
 これまで、指定地の面積が100ヘクタール以上にも及ぶ大規模な史跡等の保存・整備・活用事業については、総合的な調査体制の下に長期的・計画的に進めていく必要があることや、当該史跡等が複数の市町村に及ぶことも多いことから、市町村教育委員会よりも体制の充実した都道府県教育委員会が主体となって進めることが多かった。例えば、都道府県教育委員会が設置した機関として、宮城県多賀城跡調査研究所(宮城県)、福井県
立一乗谷朝倉氏遺跡資料館(福井県)、滋賀県安土城郭調査研究所(滋賀県)、斎宮歴史博物館(三重県)、九州歴史資料館(福岡県)、佐賀県立名護屋城博物館(佐賀県)などがある。また、事例は少ないが、市町村教育委員会が設置した機関として、秋田市立秋田城跡調査事務所(秋田市)がある。
 その多くは、昭和40年代から大規模な史跡等を対象として調査研究を継続している機関であり、整備・活用を担当する研究職員又は専門織員を配置して、当該史跡等の発掘調査から整備・活用に至る一連の過程を総合的な学術調査研究の一環として実施し、その成果を公表してきた。歴史的には、これらの機関において試験的に実施し確かめた保存修理や総合的な整備の手法が、全国各地で実施される史跡等の保存・整備・活用事業において広く普及していったという実績があり、事業に関して蓄積された実際的な知識や技術的情報には極めて大きなものがある。したがって、今後とも各地において史跡等の保存・整備・活用事業をより豊かに展開していくためには、これらの機関が先導的な役割を果たすとともに、各事業の主体となる地方公共団体がこれらの機関の蓄積した豊かな情報を学びそれぞれの事業に反映させていく努力が重要である。
 また、相互に歴史的な関連性を有し、広域にわたって点在しているような史跡等については、複数の市町村に及ぶことから、都道府県教育委員会の主導の下に関係する各市町村教育委員会が連携して当該史跡等の保存・整備・活用事業を実施することが多い。その場合、発掘調査等については調査体制が整っている都道府県教育委員会が専門的な知識に基づいて先導的に取り組み、整備・活用事業については、地元に密着して進める必要があることから、都道府県教育委員会の支援の下に市町村教育委員会が主体となって担当することとしている場合が多い。例えば、広島県の史跡吉川氏城館跡を構成する各史跡群における保存・整備・活用事業などは、都道府県教育委員会と複数の市町村教育委員会とが相互の役割分担の下に、広域にわたる史跡等の保存・整備・活用事業を連携して進めている事例である。
 今後、地方公共団体が大規模な史跡等や広域にわたって点在する史跡等の保存・整備・活用事業を進める場合はもちろんのこと、個別の史跡等の保存・整備・活用事業を進める場合にも、これらの既存の機関における知識及び経験着しくは技術及び事業の進め方等各種の情報を十分に参考とする必要がある。


(2)各機関に求められる課題
 地方公共団体の教育委員会が、博物館や調査研究機関等を設置して大規模な史跡等や広域にわたって点在する史跡等の保存・整備・活用事業を長期間にわたり継続していくためには、当該史跡等の望ましい将来像とそれを実現していくための展望を示し、他の機関及び事業との違いを明らかにするとともに、それらを地方公共団体の施策のなかに明確に位置付け、事業内容と組織の充実を図っていくことが特に重要である。
 また、当該機関が発掘調査から整備・活用に至る一連の事業の過程を学術的な調査研究との緊密な関係の下に長期的に取り組むためには、考古学や歴史学とともに保存・整備・活用事業に直接関連する計画・設計部門を担当する職員を配置することが望ましい。保存・整備・活用事業を直接担
当する計画・設計部門の研究職員又は専門職員が、機関内において、広い視野と高い専門性の下に研究と事業の両側面を無理なく包括して職務を遂行できるよう、体制の整備に努めることも必要である。
 同種の史跡等の保存・整備・活用に関する調査研究の成果や当該史跡等が存在する都道府県下の各市町村で実施される史跡等の保存・整備・活用事業の成果等について情報交換をより緊密に行うために、定期的に研究会を開催することや、同種の機関等の間で相互に情報交換を行える場を整備していくことも検討の必要がある。
 また、年度ごとの事業に関する報告書だけでなく、一定のまとまりのある区域を対象として事業の成果を総合的に分析した結果や、個別のテーマの下に十分な分析や検証等を行った結果などを定期的に公表していく努力が必要である。


3 事業を担う各機関・組織の役割分担と相互連携

(1)事業を担う機関・組織の多様化
 史跡等の保存・整備・活用事業を担う機関・組織は、文化庁、地方公共団体などの行政機関のほか、文化財の保存・整備・活用に関する調査研究や研修事業を実施する独立行政法人文化財研究所、大規模な史跡等や広域にわたって点在する史跡等の保存・整備・活用事業を長期間にわたって継続的に実施している博物館及び調査研究機関、事業の計画立案や実際の設計等の実務及び文化財の保存修理や保存処理等の各種の技術的知見を有するコンサルタント等、将来の事業展開を左右する人材の育成機関である大学等の教育機関、そして事業を学術的な側面から補完し情報のデータバンクともなる各種学会に至るまで、極めて多岐に及んでいる。
 これまで、各地で行われる史跡等の保存・整備・活用事業においては、文化庁が旧奈良国立文化財研究所及び旧東京国立文化財研究所との協力連携の下に、地方公共団体を直接的に指導してきたことも多かった。しかし、地方における文化財保護体制の整備が進むのに伴って、地元の創意を重視したより柔軟な事業の在り方を事業主体である地方公共団体自身が目指すようになったことや、昭和60年代以降、主として史跡等の保存・整備・活用事業の分野においてコンサルタント等が成長しつつあること、平成13年度から奈良国立文化財研究所と東京国立文化財研究所が独立行政法人文化財研究所へと統合、移行したこと、あるいはいくつかの既存の大学に文化財を総合的に取り扱う学科や史跡等の保存・整備・活用に関する専門課程等が新設されたこと、などの現象にも現れているように、史跡等の保存・整備・活用事業を担う機関や組織にも大きな変化と進展を認めることができる。
 以上のような現状と動向とを踏まえて、史跡等の保存・整備・活用事業を担う各機関・組織が今後さらに事業の発展に貢献するためには、各々が果たすべき役割を明確にし、相互の効果的な連携を図る必要がある。


(2)各機関・組織の役割分担と課題
 史跡等の保存・整備・活用事業に関わる各機関・組織の役割分担及び課題については、概ね以下に示すとおりである。

ア 文化庁
 文化庁は、全国的な視野から史跡等の保存・整備・活用事業に関する各種の情報収集を行い、全体的な事業の方向性を示すとともに、他省庁との調整の下に統括的に事業の推進を図る。また、地方公共団体が実施する史跡等の保存・整備・活用事業に対して、総合的な観点から助言や財政的支援を行う。閣議決定等により国が整備を行うこととされた特別史跡平城宮跡及び特別史跡藤原宮跡については、独立行政法人文化財研究所と連携しつつ、保存・整備・活用事業の方針を示し事業を実施する。

イ 都道府県教育委員会
 都道府県教育委員会の文化財主管課では、当該都道府県の実状に合わせて、当該都道府県にある各市町村等が史跡等の保存・整備・活用事業を進める際に、行政的・技術的な塑言及び支援を行う。
 史跡等の指定地が都道府県の所有地であるか、又は都道府県が史跡等の管理団体に指定されている等の理由により、当該史跡等の保存・整備・活用事業を都道府県教育委員会が主体となって進める場合には、当該史跡等が所在する市町村教育委員会の独自性や取組を尊重し、相互の役割分担を明確にして、適切な事業計画を定めて実施することが必要である。

ウ 市町村教育委員会
 市町村教育委員会の文化財主管課では、当該市町村内に所在する史跡等の保存・整備・活用事業に関する計画を定め、実施する。その際には、独立行政法人文化財研究所や、大規模史跡等において保存・整備・活用事業を長期間にわたって継続している博物館及び調査研究機関において蓄積された各種情報や、すでに事業を実施している他の地方公共団体等の成果に学ぶとともに、当該市町村及び当該史跡等の特徴や条件を十分に踏まえることが重要である。

工 独立行政法人文化財研究所
 独立行政法人文化財研究所では、史跡等の保存・整備・活用事業に関する各種の基礎的及び応用的な調査研究を行い、その成果の公表を行う。
 国及び地方公共団体が行う史跡等の保存・整備・活用事業に対し、専門的な見地から技術的な支援を行い、史跡等の保存・整備・活用行政に資する研修事業の整備拡充に努めることが重要である。これに関連して、史跡等の保存・整備・活用事業をテーマとする総合的な研究会を開催するなど、関連機関一組織の間における情報交換のセンターとしての役割を充実させていくことが望ましい。また、日本の史跡等を含めた文化財の保存・整備・活用事業の理念、手法・技術等に関する情報を海外に向けて積極的に発信し、この分野の国際協力事業における役割を一層充実させていくことが望ましい。

オその他の機関・組織
 コンサルタント等は、史跡等の保存・整備・活用事業の主体となる行政機関を、技術的な側面から適切に補佐し、支援を行う。本来、史跡等の保存・整備・活用事業を進めるに当たっては、事業主体である地方公共団体の組織内に、保存・整備・活用に関する高い専門的・技術的能力を有する専任職員を配置することが望ましい。しかし、定員等の関係で不可能である場合には技術的な作業をコンサルタント等に委託して行うことが増えており、各事業においてコンサルタント等が果たす役割は大きくなりつつある。コンサルタント等が有する各種の技術的知見や情報を事業に適切に反映させるためには、事業主体である地方公共団体が事業全般の適切な運営を統括しつつ、事業主体とコンサルタント等との明確な役割分担を行うことが必要であり、このことを両者が十分に理解していることが重要である。各コンサルタント等においては、史跡等の保存・整備・活用事業の理念を十分に理解するとともに、常に高い専門性と個性豊かな発想の下に事業を支援できるよう努めることが期待される。また、実際の施工に当たる組織や専門的技術を保持している技術者集団においても、事業の理念に対する十分な理解と高い専門性を踏まえた事業への支援が望まれる。
 近年、大学等の教育機関では、従来の考古学や歴史学、建築史学の学科及び講座に加えて、文化財を総合的に扱う学科や史跡等の保存・整備・活用に関する講座等が新設された。各大学では、それぞれの学風や学科・講座等の個性を踏まえつつ、史跡等の保存・整備・活用事業が多くの学問分野とも関連していることから、包括的・実践的な教育カリキュ一フムの編成も視野に入れた幅広い人材の育成に努めることが期待される。同時に、各事業において行われる基礎的・応用的調査研究に、大学等の教育機関が積極的に参画できるように、事業主体と大学等の教育機関との双方において体制を整備することも望まれる。
 また、史跡等の保存・整備・活用事業に関連する既存の諸学会は、事業に関する学術的な研究成果の公表の場であるだけでなく、大学及び研究機関の研究者や行政機関その他の専門家との情報交換の場や、文献等の各種情報を蓄積する場として極めて重要な機能をもっている。これらの既存の学会については、史跡等を含めた文化財の保存・整備・活用の分野を重視した幅広い活動が期待される。また、史跡等の保存・整備・活用事業に関連する諸機関・組織を広く対象として、学際的・実際的な分野を包括する新たな学会を設立していくことについても、関係者間において検討することが期待される。


(3)各機関・組織における連携
 史跡等の保存・整備・活用事業を効果的に推進していくためには、上記の関連する機関・組織の内部のみならず相互においても、意思疎通や連携、調整を図ることが不可欠である。その基本は、事業主体となる文化財主管課の内部における職員間の意思疎通や連携、調整を十分に図ることである。とりわけ、都道府県の教育委員会は市町村の事業に対する行政的・技術的な支援及び助言を求められる場合が多く、文化財主管課内部における行政職員と専門職員との連携は不可欠である。
 市町村教育委員会の文化財主管課が史跡等の保存・整備・活用事業以外の事業と連携して史跡等の保存・整備・活用事業を行う場合や、文化財主管課以外の都市公園部局及び観光部局等が主体となって史跡等の整備・活用事業を行う場合には、文化庁及び都道府県教育委員会と十分に協議しつつ、事業の対象に含まれる史跡等の望ましい保存・管理のために、整備・活用に対する基本的な方針を明確に示すとともに、当該地方公共団体内の関連部局及び外部の関連諸機関との意思疎通や連携、調整に十分努めることが重要である。同時に、文化庁や都道府県教育委員会文化財主管課においても、当該事業を所管する省庁又は部局と相互に情報交換を行い、連携して事業主体である地方公共団体の支援に当たる必要がある。
 また、大規模史跡等及び広域にわたって点在する史跡等の保存・整備・活用事業を長期間にわたって継続的に実施している博物館及び調査研究機関、あるいは公立又は公益法人の埋蔵文化財センター等、地方公共団体の教育委員会が所管する各機関との連携及び調整も重要である。特に埋蔵文化財センターは多くの都道府県で設置されており、埋蔵文化財包蔵地の記録保存等を目的とする発掘調査及びこれに関連する調査研究を主に行っているが、出土品を含めた埋蔵文化財の活用が課題となっている現在、当該地方公共団体における史跡等の保存・整備・活用面も視野に入れて、将来の多様な在り方について検討していくことも重要である。


まとめ

 以上に述べたように、今後の史跡等の保存・整備・活用事業においては、基本的な共通の理念を定着させるとともに、その内容・手法の充実・向上を図り、個別事業の総合的・多面的な前進と周辺環境を視野に入れた事業の推進とを重要な課題として位置付ける必要がある。そして、地域住民の文化的な生活の向上に資する施策として事業を展開していくためには、国、地方公共団体を含めて事業に関する財政と人材の確保及び体制の整備に十分努力することが極めて重要であり、事業を担う各機関・組織の相互の有機的な連携が不可欠である。本報告では、主として国が指定した史跡等を対象として、保存・整備・活用事業の在り方について述べたが、都道府県及び市町村が指定した史跡等においても、これに準じた対応が求められる。本調査研究会は、今後、国及び地方公共団体その他の史跡等の保存.整備.活用事業を担う各機関・組織等において、本報告に示した事柄を十分踏まえた事業の推進を図るよう切に期待するものである。
 同時に、本調査研究会は、ここに示した事業の基本的な方向性をより着実に推進していく上で、基本となる理念及び蓄積した知識や経験等の情報を各機関・組織が相互に共有することが不可欠であり、本報告の内容をさらに具体化した手引書を作成することが極めて重要な課題であることを認識するものである。


縄文学研究室トップ法令集トップ管理人:Nakamura Kousaku
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