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【1985】
【「判例時報」1167号より ※引用にあたり個人名はイニシャルに直した】
【損害賠償請求控訴事件 東京高裁 昭58(ネ)1498号 昭和60年10月9日民三部判決、控訴棄却(確定)】
【第1審 東京地裁 昭54(ワ)10034号 昭和58年5月26日判決】

府中市発掘調査費用負担損害賠償請求訴訟控訴審判決(抄)

埋蔵文化財包蔵地の土木事業に伴う発掘調査費用を事業者(発掘者)に負担させる旨の行政指導が違法・不当でないとされた事例


〈参照条文〉文化財保護法57条の2 昭和58年(ネ)第1498号

判決

 住所略
  控訴人 M.M
  右訴訟代理人弁護士 H.T
 住所略
  披控訴人 府中市
  右代表者市長 Y.K
  右訴訟代理人弁護士 K.T

右当事者間の損害賠償請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主 文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事 実
 第一 当事者の求めた裁判
  一 控訴人
   原判決を取り消す。
   被控訴人は控訴人に対し、309万2525円及びこれに対する昭和54年10月19日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
   訴訟費用は、第一、ニ審とも被控訴人の負担とする。
  ニ 被控訴人
   控訴棄却の刊決

第二 当事者双方の主張及び証拠関係
 (略)

理 由


六 控訴人は、国民に財産的出損(発掘調査費用の負担)をさせるような行政指導は誤りであると主張するので、この点について判断する。
 埋蔵文化財が、わが国の歴史、文化などの正しい理解のために欠くことのできない貴重なな国民的財産であり、適切に保存すべきものであることはいうまでもないところであり、このような見地から、埋蔵文化財包蔵地の利用が一定の制約を受けることは、公共の福祉による制約として埋蔵文化財包蔵地に内在するというべきである。文化財保護法は、埋蔵文化財包蔵地に内在する右のような公共的制約にかんがみ、周知の埋蔵文化財包蔵地において土木工事を行う場合には発掘届出をなすべきことを義務付けるとともに、埋蔵文化財の保護上特に必要がある場合には、届出に係る発掘に関し必要な事項を指示することができることを規定しているものであり(同法57条の2)、右の指示は、埋蔵文化財包蔵地の発掘を許容することを前提とした上で、土木工事等により貴重な遺跡が破壊され、あるいは遺物が散逸するのを未然に防止するなど埋蔵文化財保護上必要な措置を講ずるため、発掘者に対して、一定の事項を指示するものであって、埋蔵文化財包蔵地における土木工事によって埋蔵文化財が破壊される場合には、埋蔵文化財保存に代わる次善の策としてその記録を保存するために発掘調査を指示することは埋蔵文化財保護の見地からみて適切な措置というべきである。したがって、右のような発掘調査の指示がなされることによって、発掘者がある程度の経済的負担を負う結果になるにしても、それが文化財保護法の趣旨を逸脱した不当に過大なものでない以上、原因者たる発掘者において受忍すべきものというべきである。
 そして、右の負担が文化財保護法の趣旨を逸脱した不当なものであるかは当該埋蔵文化財の重要性、土木工事の規模・内容、調査に要する費用の額、発掘者の負担能力、開発による利益の有無程度及び負担者の承諾の有無など諸般の事情を総合して判断すべきものと解されるが、前記認定事実によれば、控訴人は本件土地の発掘調査をすることを了解し、任意に府中市遺跡調査会と発掘調査の委託契約を締結したものであり、本件ビル建設計画の規模・内容、調査に要する負担の額、控訴人の負担能力などを考え併せると、府中市教育委員会が控訴人に対し本件土地の発掘調査をするように指導したことをもって、文化財保護法の趣旨を逸脱した不当のものということはできない。
 なお、控訴人は、国民に財産的出損を負わせる場合には法律に定める根拠が必要であるところ、文化財保護法には国民が文化財保護の費用を負担すべき事を定める規定が存在しないと主張するが、前記認定事実によれば府中市教育委員会は控訴人に対し直接金銭の負担を要求したものではなく、発掘調査をなすべきことを指導し、控訴人は右指導に応じて任意に府中市遺跡調査会との間で発掘調査に関し費用の負担を伴う委託契約をを締結したものであり、府中市教育委員会が右のような指導をなし得ることは前述した通りであるから控訴人の右主張を採用することはできない。
 また、控訴人は、被控訴人は文化財保護法98条の2第5項により国の援助を得て自らの負担で発掘調査をすることができるから、発掘調査費用を控訴人に負担させるべきではないと主張するが、同項は、地方公共団体が同条1項に基づきその独自の判断により埋蔵文化財の調査をする場合のことを規定したものであるところ、地方公共団体が右調査を行うか否か地方公共団体の裁量に委ねられているものと解される。
 しかも、同法57条第2項の指示に基づく発掘調査は、控訴人主張の右発掘調査とは別個のものであり、土木工事による発掘などにより埋蔵文化財の発掘調査を行わなければならない原因を生じさせたものがある場合に、地方公共団体が右原因者に代わって右調査をしなければならない義務があるとすることはできない。したがって、控訴人の右主張を採用することはできない。
 さらに、控訴人は、被控訴人は本件土地を含む事業区域について土地区画整理事業を施行していた者であるから、同法57条の3の運用により事前に発掘調査をした上で本件土地を引き渡すべきであったと主張するが(本件土地が被控訴人施行の土地区画整理事業区域内に存在することほ当事者間に争いがない。)、埋蔵文化財包蔵地を事業区域とする土地区画整理事業の施行者が換地処分あるいは仮換地処分をする場合に、当然に換地あるいは仮換地について埋蔵文化財の発掘調査をなすべき義務があると解することはできないので、控訴人の右主張を扶用することはできない。
 以上により、本件発掘調査に関する被控訴人の行政指導ないし対応措置に違法が認められない以上、右違法の存在を前提とする控訴人の本件請求は、その余の判断をまつまでもなく理由がないので、これを棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
 よって、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法95条、89条を適用して主文のとおり判決する。


  東京高等裁判所第三民事部
     裁判長裁判官 M.T
        裁判官 T.M
        裁判官 S.N



解 説

 ]は、昭和53年初め頃、A市(府中市)内の借地上に三階建鉄筋節コンクリート造りのビル(賃貸用の店舗兼事務所兼共同住宅、延べ面積439平方メートル余)の建替工事をしようとしたところ、その敷地が文化財保護法(=法)所定の埋蔵文化財包蔵地であったため、Y(府中市)教育委員会から工事中止の要請があり、これを中止した。このような場合には、法57条の2第1項の定めるところにより事業者(工事施行主)から発掘の届出をすることを要するものとされているため、]はY教育委員会の指示に従い同年8月末その旨の届出をした。更にこのような届出をした場合、法57条の2第2項により、埋蔵文化財の保護上とくに必要がある場合には、発掘に関して必要な指示をすることができるとされているところから、事業者に発掘調査を行わせるよう行政指導している。しかし、現実には事業者が発掘調査をすることができないので、専門機関に調査委託をしているのが実情である。Y教育委員会は右の定めにより、]に対し発掘調査をするよう指示(行政指導)したので、]は同年10月発掘調査につき専門的な知識経験を有するB遺跡調査会(府中市長が会長)との間に発掘調査の委託契約を締結し、同調査会によって発掘調査が行なわれ、その調査委託費として116万2000円を支払った。この発掘調査に要した費用は、原因者負担の見地から当該事業者の負担とすることを建前としているため、]がこれを全額負担しなければならないことになった。
 ]は、発掘の届出をすることは法律上規定されているが、その届出をした事業者に費用自己負担で発掘調査をさせる行政指導は違法であるなどと主張し、国家賠償法に基づく損害賠償として、]に対し支出した調査費用と工事中断による損害の合計309万余円の支払いを求める訴えを提起した。第一審判決の理由は明らかではないが、]の主張をすべて失当とし請求を棄却したため、]はこれを不服として控訴したのである。
 控訴審の本判決は、その理由第1、第2項において本件に関する事実を認定したうえ、第3ないし第6項で]のさまざまな主張に対する判断を示している。このうち判示事項に対応するのは第六項前段である。
すなわち、法は埋蔵文化財包蔵地において土木工事を行なう場合に発掘届出をすべきこと義務づけており、かつ、埋蔵文化財の保護上とくに必要がある場合に届出に係る発掘に関し必要な事項を指示できる旨を規定している(法57条の2)。この規定の題旨にかんがみ、発掘調査を指示することは埋蔵文化財保護の見地からみて適切な措置であり、そのために発掘者がある程度の経済的負担(財産的出損)をするとしても、それが法の趣旨を逸脱した不当に過大なものでない以上、発掘者において受忍すべきところ、本件において事業主]に対し発掘調査をするように行政指導したことをもって、法の趣旨を逸脱した不当なものとはいえないとする。また、右のように調査費用を負担させるためには法律上の根拠が必要だとする]の主張については、]が行政指導に従って遺跡調査会との間に費用負担を伴う委託契約を締結したのであり、右行政指導が不当でないことは前述したとおりであるから、その主張は失当であるとして排斥した。
 その他の主張についても、それぞれこれを採用できない所以を説示し、結局、本件発掘調査に国してしたY(その行政庁たる教育委員会)の行政指導ないし対応措置に違法な点は認められないとして、]の請求を棄却した原判決を支持し、控訴を棄却する旨の判決をした。
 自己の使用権限を有する土地が、たまたま埋蔵文化財包蔵地であることにより、その地上に工事をするのに、発掘届出をしなければならないのは当然としても、行政指導により発掘調査及びこれに要する相当多額の費用を負担しなければならないとされていることにつき、不満の念を抱くのは容易に推察できるところである。埋蔵文化財包蔵地に指定されているところは各地に相当多く存在するし、これまで本件と同種の事実があったものと推測されるが、訴訟でその適否が争われたのは本件が最初のようであり、発掘調査費用の事業者負担を適法とした本判決の影響するところは少なくないものと思われる。ただし、本判決の説示するところによると(判決理由第2項・1の末尾参照)、この調査費用は、当該事業者の負担とされているが、「個人あるいは零細な企業が自己の用に供する建物を建築するような場合」には通常地方公共団体が負担とするものとされているとのことであるから、直接の利害関係を有するのは右の場合以外の事業者ということになる。

縄文学研究室トップ法令集トップ管理人:Nakamura Kousaku
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