生きている「遺跡」 −宍道町女夫岩遺跡で考えたこと−縄文学研究室トップ研究ノートトップ
「島根県指定史跡「女夫岩遺跡」」(歴史考古学課題レポート 01.9.17)より

 本稿は、吉田恵二先生に提出した課題レポートを、表題のテーマにまとめなおしたものである。


1.はじめに

 8月上旬、仲間と共に出雲地方へ旅行した。著名な遺跡・神社が多い出雲だが、私が見学地として希望したのが宍道町の女夫岩遺跡である。
 私は現在は縄文文化を研究対象と考えているが、考古学に興味を持ったきっかけの1つが神社の古い姿を探る神道考古学との出会いであった。三輪山、岩清水八幡宮、日吉大社、赤城神社、建鉾山など、いくつかの神社に残る「磐座」を見て廻ったが、その当時、新聞で破壊の危機にあると知ったのがこの女夫岩遺跡であった。
 最近、現地で保存されていることを知り、また関係資料を読み、改めて深い関心を持った遺跡である。

2.女夫岩遺跡の概要と現状

 女夫岩遺跡は、島根県八束郡宍道町白石に立地する祭祀遺跡であり、所在地は宍道湖南岸の丘陵部にあたる。
 高さ5mほどの2つの岩が寄り添うように配置され、手前に二重の石垣が構築されている。出雲国風土記に記載される「猪像」に比定する説もある。
 大森神社の御神体として信仰を集めてきたが、中国横断自動車道の建設予定地となり、1996年に県(埋文センター)および町の教育委員会によって周囲のトレンチ調査が行われた。その結果、遺構は特に検出されなかったが、古墳時代中期〜後期の須恵器・土師器、近世〜近現代の神酒徳利、かわらけなど約150点の遺物が出土している(錦田ほか1999)。
 現在も信仰の対象となり、また町名の由来にも関わるこの遺跡は、地元を中心に保存を求める声が起こり、県の史跡に指定され、遺跡は保存されることとなった。道路は計画を変更し、地下に通されている。

 私たちが訪れた時は、麓に解説板が建てられ、遊歩道が整備されていた。県史跡であり、ある程度の整備は必要だろうが、無闇にいじるような場所ではないと感じた。そこには、かつての新聞記事や報告書の写真に見える工事用の杭の姿はなく、残された注連縄や幣束が人間を感じさせる。
 一方で、反対側を向けば眼下に自動車道が見え、その音も耳につく。自然の静寂さは失われている。目に映るものは保存されているが、耳に入るものまでは保存されることはなかった。
 ともあれ人間の文化に大きく影響を与えてきた自然物を中心とし、明確に人工の遺構・遺物が捉えにくい空間で、しかも現在も信仰の対象として生きている空間が「遺跡」として明確に文化財として認知されたことは興味深い(山内2000)。

3.文化遺産としての遺跡空間

 人間の文化は、人為・非人為、有形・無形に関わらず周囲の環境によって生み出されてきた。それらは多様なものの集合体であり、その中で1つを取り出してきてもそれは別のものある。本堂という空間・読経や灯明などのなかでこそ仏像本来の姿であろう。山寺から岩と蝉だけを連れてきても芭蕉の気持ちにはなれない。
 結果だけにとどまらず、それを生み出す元となったものにも目を向けるべきである。

4.生きている「遺跡」

 また、環境は空間的なものであると同時に時間的なものでもあろう。ところが、多くの場合、考古学で扱う対象は現在とは直接関わらない過去のモノである。遺跡はいわば死んだ空間といえるかもしれない。
 我々は複数の時期の遺跡を考える場合でも、時期ごとにその時点だけで考えがちになる。しかし、少なくともこの遺跡では、おそらく古墳時代から延々と祭祀が続けられてきており、各時点における祭祀はそれ以前の伝統を踏まえている。そして、それは現代にも及ぶ。その意味で、この空間は生きている。埋蔵文化財が出土するという点では「遺跡」かもしれないが、その形成は終了していない。いわば「生きている遺跡」である。
 これは「保存」ということを考える上でも重要な点である。民俗は暮らしぶりであり「民俗の保存」などあり得ない、固定してしまえば民俗とは呼べない、という議論を思い起こさせる。そうしたことを考えると、女夫岩をとりまく祭祀空間が文化的に重要であると評価されたという程度に考えておけばよいのだろうか。

5.おわりに

 たとえ「遺跡」と呼ばれる空間で、当初の機能が失われたとしても、その空間は、時間とともに様々な文化的な意味を蓄積していく。それは現代でも同様である。この「遺跡」で何かを感じ、何らかの活動に結びついたとしたら、それはこの「遺跡」が現代に生きている証拠である。
 文化遺産の意義は無限なのだ。


引用文献
錦田剛志ほか1999『島根県指定史跡 宍道・女夫岩遺跡 第1次発掘調査報告書』島根県教育委員会・宍道町教育委員会
山内利秋 2000 「景観」『用語解説 現代考古学の方法と理論』2 同成社



(03.4.28 補稿)
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