妻木晩田遺跡群の保存について縄文学研究室トップ研究ノートトップ
 当サイト開設当時、妻木晩田遺跡は保存か開発かで大きく揺れていた。そんな中で、インターネットを通じた電子署名運動や情報発信が行われており、私も微力ながらと思い、署名ページへのリンクをはり、この文章を書いた。
 2001年夏サークルの合宿で、保存が決まり整備が始まった妻木晩田遺跡を訪れ、ボランティアガイドの説明を受けながら、その規模と景観、さらにサポーターの力に改めて感動した。(2002.6.15付記)


 鳥取県淀江町・大山町にまたがる弥生時代後期を中心とする大規模な遺跡群。リゾート開発で調査が進められたが、四隅突出墓が出た洞ノ原遺跡など重要な遺跡であることがわかり、保存運動が展開されている。文化庁も異例の保存への意向を発表し、韓国を含め各地の研究者からも保存の署名が出されているにもかかわらず、県の態度は堅く、崩壊が心配されながらビニールシートに覆われて遺構は年を越した。
 
 『考古学研究』178に書かれていて大変な問題だと知っていたのだが、時代的に関心がなかったし、その時点では今後の見通しが分らなかっため、すっかり忘れてしまっていた。
 ところが、最近「青森遺跡探訪」を訪れた際、署名ページへのリンクアイコンがあったのでそこへ行ってみた。すぐに問題を思い出したので、署名をすませ、そのまま、佐古さんの「みんなで考古学」を拝見した。このようにインターネットを使って保存運動を進めるのは素晴らしい試みだろう。


 遺跡は本来、県や町のものではない。韓国の学者が言っていたように世界的な文化遺産なのだ。しかし、現状は自治体が保存を決定するようだ。自治体としては地元のメリットを優先するのだろう。
 現在、以前にと比べ多くの一般市民が考古学に興味を持つようになってきている。また、吉野ヶ里、三内丸山、上野原などのように、大きな遺跡は考古学的な資料であるとともに大きな観光資源となってきている。これは多くの人が再三言っていることであり、私は、これほどの大きな遺跡は簡単に保存できる世の中になってきたと思っていた。

 しかし、ここでは保存が簡単に進みまない。そこで、私なりに原因を考えてみると2つほど考えられる。
 1つめは、開発者が県でないこと。吉野ヶ里も三内丸山も上野原も県の事業地内であったが、この遺跡場合は違う。これは、費用の問題でだろう。県事業地内であれば買い上げる必要がなく、すぐに保存処置がとれる。一方、民間の事業地内では買い上げる費用が必要となってくる。古い例だが、長屋王邸などが破壊されたのは、膨大な費用を用意できなかったことが原因だ。
 ただ、この遺跡の場合文化庁が補助金を出すと言っているのだ。それなら特に問題にはならないはずですなのだが。

 2つめの問題はマスコミの宣伝が足りないこと。前にあげた3つの遺跡はマスコミが盛んにその重要性を宣伝した。その内容についてはいろいろ批判があるが、保存に貢献したのは間違いない。ところが、私自身マスコミを通しては、この遺跡はほとんど知らなかった。わずかにアサヒグラフの年末特集で見た程度であるが、ここでは保存問題については触れられていなかった。佐古さんのHPをみると地元ではかなり関連記事が出ているようですが、関東の私は全然知らなかった。HPには「この遺跡の重要性を一言で言えない」ということが書かれていたが、これが一番の弱点だろう。先日の朝日新聞では新潟県の奥三面遺跡群を大きく取り上げていたが、ここでは「遺跡群全体として三内丸山以上に長続きした」という点が強調されている。遺跡群として重要だと言う点でこの遺跡と共通したところがあると思う。私は弥生時代のことはほとんど知らないので何とも言えないが、冒頭の「全国最大の弥生遺跡」というのはかなり効くはずだ。マスコミに頼るのも情けないのですが、今、最も力を持っているのはマスコミだろう。市民運動もまず多くの人に重要性を知らせることが大切であるし、この遺跡の場合、何よりも全国に知らせる必要がある。


 最後に、私個人として言えば、今は高校生という身であり、遺跡が破壊される前に見ておくということはできない。しかし、もし残っていたら、将来必ずそこを訪れるだろう。実際に行けばその遺跡の立地条件、景観などを確認できる。
 一方、破壊された遺跡の跡地を見るためにわざわざ鳥取のゴルフ場へ行くことはまずない。それに、私がほとんど知らない鳥取の遺跡の中で、この遺跡が破壊されるというのは鳥取に対する興味も失ってしまいかねない。

 国の政策が全てだとは言わないが、文化庁がここまで言っているということは、実質的にこの遺跡が国の文化財のレベルだということを示しているのだ。県がこれを無視して遺跡の破壊を許可するということは国史跡の破壊を許可したということと同じだということが分っているのだろうか。指定されていなければ、ただの遺跡だというのは大きな間違いだ。ここまできたらもはや国史跡と同じだと考えて対応していかなければならないはずである。
 ゴルフ場はどこにでも作れるが(私は自然を破壊するゴルフ場は嫌いだ)、遺跡は一度壊したら元にはもどらない。
 遺跡は先人が残したさまざまな意味での財産・資源である。三内丸山では観光資源としてだけではなく、さまざまな市民団体の設立をはじめ青森市内の活性化にも役立っている。鳥取の観光資源として、活性化の起爆剤として、この遺跡が活用されることを強く願う。


 これを見て下さった方、署名に参加して、保存運動を応援しましょう。
(1998.12.01 第1稿)  


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