妻木晩田遺跡群の保存について縄文学研究室トップ研究ノートトップ
 当サイト開設当時、妻木晩田遺跡は保存か開発かで大きく揺れていた。そんな中で、インターネットを通じた電子署名運動や情報発信が行われており、この文章はそちらに重点を置いて記したものである。(2002.6.15付記)

1.はじめに

 日本でも有数の弥生遺跡、鳥取県淀江町・大山町にまたがる妻木晩田遺跡群。県の誘致した大山スイス村のゴルフ場建設の事前調査として95年から98年まで行われた。
 文化庁や考古学者をはじめ多くの市民が保存を要望しているにもかかわらず、県は共存を主張、長時間過ぎた今も解決に至っていない。
 この問題については昨年12月の時点での私の感想を妻木晩田遺跡群の保存についてで述べた。しかし、未だ解決の見通しはないものの、県の独自案が公表されたり、「むきばんだ応援団」が結成されたりと多少事態が変化している。
 そこで、この問題に関連して思ったことなどをいくつか列記したい。

2.妻木晩田をめぐる最近の情勢についての私見


 まず、鳥取県の姿勢についてである。県が大規模事業を中止して遺跡の保存を図った例として佐賀・青森・鹿児島があるが、鳥取県は、事情が違うとして民間事業地内にあるこの遺跡については県だけで判断はできないとしている(県議会答弁など)。

 しかし、何も第4の佐賀県になれというのではない。むしろ民有地の遺跡保存の大きな前例として第2・第3の鳥取県が続くはずである。この点で、県は考えを改める必要があるだろう。
 また、既に多くの人が指摘するように、京阪では中止も選択肢に入れており、文化庁をはじめ国内外の学者や市民の声を考えれば、県が保存を決めれても歓迎こそあれ、反発は非常に少ないと思われる。
 問題は、だれもが否定する「共存」にこだわり、いたずらに時を無駄にしていることである。

 次に、京阪電鉄に関してであるが、共存は無理だということは以前から主張してきており、中止もやむをa得ないと判断している以上、いつまでも県に頼らず自主的に計画を撤回してはどうだろうか。何を考えているか今1つ良く分らない県を待つより、潔く身を引いて自ら事態を解決するほうが、長い期間待たされ保存が決定されて撤退するよりも、文化財を守った会社とするイメージの定着や中途半端のまま経過する時間を有効に使えるなど、はるかに社のプラスになるのではないだろうか。

 県・業者・大山町の3者が全面保存に消極的な一方、遺跡を抱えるもう1つの町、淀江町は、上淀廃寺とあわせた国の公園化を希望しているという。これに対して県は、国営公園はハードルが高いなどと述べている。個人的には、遺跡公園は釈迦堂のような組合方式をとって両町で運営し、地元に密着した活用をして欲しいと思うが、財政的に難しいのだろうか。
 なお、淀江町に比べ、大山町についてはほとんど情勢が分らない。

 2月14日、むきばんだ応援団という全国組織が誕生した。目的は、保存活用基金の募集・運用と、普及活動である。私はとりわけ、目的の2に期待したい。というのも旧稿で指摘したように、全国的には遺跡の重要性が知られていないのが現状だからである。お金はもちろん重要である。保存決定ができないのはおそらく財政的な問題によるものだからだ。しかし、全国から保存の声・寄付金が集まれば事態は変わるだろう。その為には1人でも多くの人に遺跡を知ってもらう必要がある。

3.インターネットの活用について

 さて、私は、この問題を佐古先生のホームページ「みんなで考古学」で知った。もともとは山陰の考古学情報のサイトだったようだが、いつのまにか保存運動の1つの拠点となっている。
 今回の応援団発足の連絡は、佐古先生からのメールで知ったのだが、このメールには、発足にあたってインターネットを活用したということが書かれていた。

 「みんなで考古学」では新聞記事や質問状、議事録などが公開されており、この問題についてのほとんどの情報はここから得ている。また、写真や図を活用し各遺跡の詳細がわかる「海と山の王国」、シンポジウムを全文収録した「たのしい考古学」など多くのサイトが公開され、また電子署名という新しい試みもなされ、これらのサイトのバーナーが多くの考古学サイトに置かれている。このようにインターネットを活用した遺跡保護運動という極めて新しい方法も導入されているのである。

 これを拡大するために1つ提案がある。保存、あるいは活用方法など多くの人々の声を集めたサイトを作ることである。
 遺跡の保存・活用は文化人だけでなく、市民のために行われるものである。それを求める運動も当然市民の参加がある。ところが、上で紹介したサイトは遺跡紹介や学者の運動ばかりが取り上げられているのだ。
 しかし、一般市民からも多くの声が寄せられているはずだ。電子署名でも一言欄がある。遺跡の活用について中学生や高校生の発表があったとも聞く。新聞の投書などもある。
 また、これまで主にマスコミの文章からの引用であった有名な学者・文化人の声も、きちんとした文章を書いてもらって載せる。
 三内丸山でも市民の「応援集」がある。これをインターネット上で行うのである。随時更新でき、地域も問わないというインターネットの特徴を活かす。もちろん、たまったら印刷しても良い。

 これにより、市民参加の保存運動が全国的いや世界的規模で行うことができるようになる。

4.おわりに

 保存するかしないか。この問題は、もはや財政的に可能かどうかという点に尽きるのだろう。こうしていろいろ考えている間に、遺跡はどんどん傷んでいく。早急な決断を期待したい。

 保存後の活用でも金が必要になってくるということで、渋っているのだろうが、極端な話、開発を中止して、遺跡地はそのまま埋め戻しておくだけでも、貴重な文化遺産を後世に残すという大きな意義を持つ。
 活用方法まで検討して保存は難しいという前に、一帯を史跡に指定して現状を維持し、活用については財政に余裕が出てきてからでもいいのではないだろうか。


 これを見て下さった方、署名に参加して、保存運動を応援しましょう。
(1999.2.21 第1稿)  


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