石棒類の形態分類史覚書縄文学研究室トップ研究ノートトップ
『STARK』Nr.1 先史精神文化研究会 2001.7.16 より

 サークルの先輩・仲間で毎週行っている勉強会で、会誌をつくることになり、それまで発表してきた内容をまとめたものである。
 内容は石棒類の形態分類のあゆみを簡単に振り返ったものだが、私の意図としては、石棒類そのものよりも分類、つまり遺物をどのように認識してきたかという点に焦点をあてたつもりである。
 石棒に関して言えば、今回ほとんど触れなかった文様、出土状態、伴出遺構・遺物などを調べた上で、地域差・時期差などを考えてみたい。また、分類の問題に関しては古典的な型式論・様式論の問題とあわせて考えていきたいと考えている。(01/8/8)


石棒類の形態分類史覚書

中村 耕作

1.はじめに

 石棒類(註1)は土偶とならび縄文時代の第二の道具の代表例であり、江戸時代以来の用途をはじめとして各種の研究が繰り返されてきた。本稿では考古学的研究の基礎である形態分類に焦点をあて、そのあゆみを振り返り、課題を提示したい。

2.石棒類研究史概略

 まず、石棒類全体の研究のあゆみについて先学の諸論考(小島1976、大矢1977、後藤1986・1999、山本1987など)を参考にしながら私なりに大きく5期に分けて概観する(註2)。

《第1期》
 江戸時代、木内石亭や二木長嘯らの弄石家によって神代石の一種として収集、考証が行われた。こうした流れは明治初年の神田孝平の『日本大古石器考』など受け継がれる。

《第2期》
 明治期。東京人類学会が発足し、『東京人類学雑誌』において若林勝邦・羽柴雄輔・大野雲外・坪井正五郎・佐藤伝蔵らによって盛んに類例報告が寄せられた。早くも精製と粗製の二大区別がなされ、それぞれの用途やその使用者についても議論されるようになってゆく。

《第3期》
 大正期〜昭和戦前期に相当する。この時期の主な課題は用途論で、性崇拝を含めた宗教的な遺物という考えと杵・棍棒等の実用具とする考えが対立した。また、この時期から石剣・石刀を石棒から分離して考えられるようになってゆく。さらに、一部だが見高遺跡や西村遺跡などの調査により出土状況に関心が寄せられるようになり、敷石住居との関連性が説かれはじめた。

《第4期》
 戦後から高度成長期に相当する。藤森栄一の農耕論や水野正好の集落論に関連して藤森、水野をはじめ宮坂光昭、桐原健、長崎元広らによって中期の精神文化研究が長野県を中心にして行われた。また、大林太良や千葉徳爾による文化人類学・民俗学的なアプローチが注目される。

《第5期》
 高度成長期以降、調査例の増加する中で山本暉久によって東日本を中心に出土例の集成が行われた。一方で、小島俊彰や大矢昌彦によって中期石棒の形態分類が行われたり、野村崇、新津健、稲野裕介、後藤信祐、角田真也らによって後・晩期の石棒類の形態分類・編年研究などの型式学的な研究も行われたりするようになってくる。
 また小山平遺跡・塩屋金精神社遺跡などの石棒製作遺構の発見により、製作工程や流通についても注目されるようになってきた。さらに、赤城遺跡や天神原遺跡などの石棒祭祀遺構の発見もあり、石棒儀礼について遺構との関わりに注目した神村透、山本暉久、戸田哲也らの研究もある。95年には「飛騨みやがわシンポジウム 石棒の謎を探る」が開催され、資料の集成などが図られている。

《成果と課題》
 長い研究史があるが、根拠が薄弱な用途研究が多く、出土状況をもとにした実証的な研究が望まれる。形態分類についても部分的に行われているが、十分ではない。研究の初期に大きく二分されたが、中期大形石棒から後期小形石棒・石剣・石刀などへの系統の問題、つまり同形式なのかという問題も解決されていない。西日本を含めた全国的視野による資料の集成およびそれに基づく各時期・地域毎の様相の詳細な分析が望まれる。これについては小林青樹・中村豊による今まで不明瞭だった西日本の石製呪術具の集成研究が注目される。

3.石棒類の形態分類・型式設定のあゆみ

(1)検討の視点 石棒の範囲と細分

 これより、上で設定した各時期別に石棒類の形態分類・型式設定のあゆみを振り返るが、その際の視点を挙げておきたい(註3)。

 石棒を考える際にまず必要なことは、どのような遺物を「石棒」として扱うかという問題である。特に石棒・石剣・石刀は区別されるのか否か、区別されるとしたらそれは何に基づく差なのかという点は石棒の性格を考える上で避けて通ることはできない。また一口に石棒と呼ばれているものの、大形石棒と小形石棒は同じように扱ってよいのか否か、など問題は多い。各時期における形態的な面での石棒の概念を確認する。

 ついで、細分の検討に移るが、一口に形態分類といっても一貫した流れがあるわけではなく、それぞれの研究に応じた分類行われているのが実情である。したがって、細分の結果に加え、その目的、方法、対象範囲、結果の説明などについても確認する。これは分類作業の意味を問うものであり、今後の研究において何をどのように引き継ぐべきかを考えるヒントとなるであろう。

 なお、分類方法については区分原理、階層構造、多次元構造、といった用語を用いることとする(註4)。また、第1期(江戸時代)には〈雷槌〉〈石剣〉〈雷撥〉〈石堆〉などさまざまな名称で呼ばれ(註5)、その対象も不明瞭なのでここでは検討しない。

(2)第2期 石棒概念の形成期

《石棒の範囲》
 石棒の概念が定着したのは『東京人類学雑誌』での若林勝邦(1887ほか)らの研究によるものと思われる。彼自身は石棒の定義らしいものを残していないが、麁製(粗製)/精製両者を石棒として扱っている。羽柴雄輔(1888)は「石を以て作れる棒の総称」とし、同じく粗製・精製を共に扱っている。佐藤伝蔵(1896)は亀ヶ岡遺跡の報告において〈石棒〉〈石剣〉を断面形態で区別する方針を述べているが、実際には区別できないものもあるとして一緒に取扱っている。一方、大野延太郎(雲外)は1896年には石棒を甲乙に2分しているが、これは大形石棒と小形石棒を指すと思われる。次いで1908年には〈石剣或は石棒〉を5種に分類している。ここで対象とされたのは小形石棒だが、大形石棒を指すと思われる「この外に太く大きい石棒」の存在も明記している。

 この時期は石棒の概念が生まれた段階であるが、大形石棒・小形石棒の両者が石棒として認識されるが、小形石棒と石剣との関係は不明瞭であり、同時に扱われる場合もあったようである。

《細 分》
 若林勝邦は主に東京近郊の〈粗製石棒〉を扱っている。羽柴雄輔は〈粗製石棒〉を第1類、〈精製石棒〉を第2類とし、第1類は頭部の形態で細分したほか、断面についても2分類している。また第2類については頭部形態、断面形態、刃部形態の3つの区分原理を示しているが、まとめて階層化することはしていない。また、ここでは具体的な資料の分類作業は行われておらず、分類体系のみが示されている。佐藤伝蔵は亀ヶ岡出土の石棒・石剣19例について断面形態で3分類、刃の有無で3分類を行いその傾向を把握することを試みている。大野延太郎(1896)は石棒を「全テ横断面丸ク或ハ扁平ニシテ全体細ク長キ・又ハ横断面丸クシテ全体太ク長キ石器」あるいは「甲・乙」と二分し、甲は頭部を基準に2分類、乙は断面形態を基準に4分類している。また、「石剣の形式に就て」(1908)においては東日本の42例の〈石剣〉(小形石棒類)を主に扱い、頭部形態と断面形態をもとに5つに分類している。

《小 結》
 羽柴や大野の1896年論文は両者を総合的に扱い、分類したものであった。一方、若林は主に〈粗製石棒〉を扱っているし、大野の1908年論文は〈石剣〉(小形石棒類)を主な対象とするなど、両者を確実に分けて考えていた姿勢がうかがえる。

 ただし、分類の目的については明確に述べられてはいない。また資料を具体的に分類したものは少なく、その結果についてもバリエーションを示すに留まっている。

(2)第3期 石剣・石刀の分離

《石棒の範囲》
 大正時代になると鳥居・八幡が長野県内の郡史編纂を通じて石棒の理解を深めていった。鳥居龍蔵は『諏訪史』第1巻(1924)において広義の石棒を二分し、精製石棒は石剣、粗製石棒を狭義の石棒とした。この区別について「製作の精粗」とともに「用法の相違」を挙げているのは注目される。

 八幡一郎は「石刀の分布について」(1933)および『北佐久郡の考古学的調査』(1934)において断面形態による〈石棒〉〈石剣〉〈石刀〉の分類を提唱したが、この三分類こそ、今日まで石棒・石剣・石刀の分類の最もスタンダードな定義となっている。

 この間、中谷治宇二郎は『日本石器時代提要』(1929)において、〈石棒〉〈石剣〉を分けて説明した。石剣については石棒と類似した部分は認めつつも、「石剣の型を採った時、それは最早石棒ではあり得ない」としている。

 このような研究の成果は 戦後、小林行雄によって『図解考古学辞典』(1959)においてまとめられた。すなわち石棒を「円形ないし楕円形断面の棒状を呈し、1端または両端がふくらんでいる」とし、石剣や石刀を石棒から分化したものとする。

《細 分》
 鳥居龍蔵は『諏訪史』において、〈狭義の石棒〉を頭部形態をもとに6分類している。これは最大3段階の階層構造である。2年後の『先史及原史時代の上伊那』(1926)では10分類となったが、特に単頭石棒のU〜Zはこの順序で変遷していくと述べている。また、〈石剣〉については有頭・無頭に、さらに有頭を〈石刀形石剣〉〈石棒形石剣〉に分類している。八幡一郎(1928)も『南佐久郡の考古学的調査』で頭部をもとに4分類、さらに『北佐久郡の考古学的調査』(1934)で10分類を行っているが、その意味するところについては特に述べられていない。

《小 結》
 第2期は石剣・石刀が石棒とは明確に分類された。また、石棒については大形と小形の区別は特に明言されず、頭部の形態によって細分された。なお、鳥居・八幡の扱った資料はほとんど長野県南部の資料である。

(3)第4期 中期大形石棒の細分

《石棒の範囲》
 戦後から1970年代までの時期は主に中部地方の中期を中心に研究が進められた。大矢昌彦は「石棒の基礎的研究」(1977)において石棒を「縄文時代の磨製石器で、大小の柱状もしくは棍棒状の石器」と定義し、石剣・石刀と区別した。

《細 分》
 小島俊彰は北陸に分布する彫刻をもった石棒に注目し、まず「加越能飛における縄文中期の石棒」(1976)において彫刻の形状によって、玉抱き三叉文をもつ第T型式から彫刻の無い第Z型式まで1段階の列挙表示の形で7つの〈型式〉に分類した。この分類には普遍性をみるという目的が明記されているほか、各型式の時期・空間位置づけについても考察されている。その後、大矢の批判をうけ、「鍔を持つ縄文中期の大形石棒」(1986)では階層構造を用い、(1)〜(3)に大別し、さらに細分して計6の〈型式〉に分類した。ここでは石棒の分布圏と楕円形の大形住居や複式炉との関わりについて触れられている。さらに「彫刻石棒」(1995)では、さらに分類基準や名称の整理や、鍔のみとした旧W型を4つに分けるなどして、全部で9つに分類している。また、これらの型式の差は、地域的な差と考えているようである。

 一方、大矢昌彦は諏訪地方の中期の石棒37例を集成し、そして鳥居・八幡以来の頭部形態による分類を発展させ、両頭・単頭・無頭に3大別し、それぞれを細分し全体として11分類を行った。ただし、この差が何を意味するのかについては言及されていない。

(4)第5期 小形石棒類の統合

《石棒の範囲》
 高度成長期の開発に伴う調査で、石棒類の出土例が増加した。このような中で、山本暉久(1979)は、石棒を「加工痕跡を持つ丸棒状の石製品」と定義づけて石棒・石剣・石刀を問わず出土状況の集成を行った。石剣・石刀については石棒の機能分化の過程で発生したという。

 石剣や石刀については野村崇(1978)による石刀研究、新津健(1985)による石剣研究があるが、石棒類は破片での出土が多く、明確に分類できないこと、また主に研究の視点が頭部に向けられたため1980年代頃からは〈石棒類〉〈石剣類〉〈石刀類〉などと呼称し、三者を区別しないで扱う傾向が現れた(稲野1979、藤村1985、鈴木1987など)。

 後藤信祐は「縄文後晩期の刀剣形石製品の研究」(1986・87)において長さ30〜60cm程度で直径5cm前後の精製または半精製の石棒を〈小型石棒〉とし、刀身以外の形態的類似や出土状況の類似から、石剣・石刀とともに同一性格の遺物と考え、〈刀剣形石製品〉と総称した。

 また角田真也も「関東地方における細形石棒の文様とその位置づけ」(1997)「細形石棒の研究」(1998)で大形石棒と小形石棒(角田は〈太形石棒〉〈細形石棒〉と呼ぶ)について小林達雄の型式・形式理論を応用し、大きさ・使い方に基づく両者の違いを形式・器種の差(機能・用途の差)であると捉えている。また、これらの上位形式として〈石棒類〉を挙げている。なお、「ミニチュア石棒小考」(1998)では、さらに別形式として〈ミニチュア石棒〉を提唱している。

 一方で、村上伸二は「石棒の機能についての一考察」(1995)において、石棒の持つ機能について同じく小林達雄の理論を応用して考察を行った。即ち、石剣には男性器のイメージに加えて両刃を持つ剣が同時にイメージされていたとし、石棒と石剣・石刀の違いは形式の違いと考えている。

《細 分》
 野村崇は「北部日本における縄文時代晩期の石刀について」(1978)で北部日本の晩期の石刀52例について総合的な研究を行い、A型〜C型の3つの型式に分類した。それぞれの特徴として身の反り具合や刃関・柄頭部の形態差を挙げている。稲野裕介(1979)は晩期の北東北の〈石剣類〉を取り上げ、頭部の文様によって1〜6類およびその他に分類した。1〜6類は大洞B式〜A式の土器型式にほぼ対応するという。藤村東男(1985)は九年橋遺跡出土例の分析で三者を〈石剣類〉と総称し、頭部をもとに3分類している。これは資料が一定の傾向を持つことを示す役割を担っている。

 後藤信祐は「縄文後晩期の刀剣形石製品の研究」(1986・87)において、全国の後・晩期の資料約2000点を対象に、身の断面により3器種6種に分類、また柄頭部形態により大きくA式〜G式、それを12細分しそれぞれを組み合わせて、25の〈型式〉の設定を行った。2つの区分原理の組み合わせという典型的な多次元構造である。各型式は一定の地理的・時間的な特徴を示すようであり、各地における変遷表が作成されている。この後藤の分類は、その後の小形石棒類の報告・紹介などでもよく用いられている(大塚1994、小林編2000など)。

 一方、角田信也は「細形石棒の研究」(1998)で関東地方の〈細形石棒〉について胴部断面形態・胴部平面形態・頭部形態・文様・石材・製作技法などの各種属性を抽出し、その組み合わせパターンの中である程度まとまった数が認められた20種類を〈型式〉として設定した。この中の一部には後藤の設定した型式と一致する型式もある。この角田の研究は、前年の論文以来、頭部形態を重視しており、頭部の形態をもとに8つの〈系列〉を設定している。

《小 結》
 この時期は小形石棒類が再び同じように扱われるようになった時期であるとともに、後半においては型式・形式の概念が整理され、それに基いた説明が行われるようになったという点も注意したい。また、主に小形石棒類について詳細な研究が行われ、型式が設定される段階に至った。

(5)形態分類・型式設定史のまとめ

 以上をまとめよう。明治期には大形石棒と小形石棒の区別が行われ、それぞれの細分も試みられたが具体的な資料に基づく分類ではなかった。大正期になり、鳥居・八幡らによって頭部形態による分類が行われるとともに、石剣・石刀が石棒と分離される。戦後は1970年代に小島・大矢により中期中部地方の大形石棒の細分が試みられ、80年代以降は石剣・石刀を一緒に扱った小形石棒類の研究が盛んになり、型式の設定が行われるようになった。

 分類方法には階層構造をとるものと、多次元構造をとるものとがあったが、多くは前者である。後者は初期に現れたが実用には供されず、最近の型式設定に用いられるのが目立つ。

 区分原理としては粗製/精製、頭部形態(無頭/有頭、単頭/両頭、より細かい頭部形態)、断面形態、平面形態、刃の形態、鍔・彫刻、文様が挙げられる。最近になるほど細かい分類がなされるようになるのは当然であるが、階層構造をとる分類のほとんどにおいて、区分原理の優先順位は今挙げた順である。何をより本質的な属性とするかは共通理解となっているのであろうか。

4.現状と課題

 以上、石棒の形態分類史について、何を石棒とするのかという点と、その細分という2点について先学の研究を振り返ってきた。これについて以下の点が指摘できよう。

《分類の現状》
 小形石棒類の分類については、近年著しく進化している。これは小形石棒類が文様をはじめ多くの属性を持っている点にある。今後は、それらの属性の持つ意味の探求が必要である。一方、大形石棒については 分けるべき部分があまり見つからないこともあって、彫刻石棒を除くとほとんど進んでおらず、それは到底満足するべき段階まで至っていないし、対象地域も狭い。大形石棒についても型式の設定が可能になるような属性を探す努力が必要であろう。

《大形石棒と小形石棒の関係》
 大形石棒と小形石棒、石剣、石刀との関係などについて便宜的な分類はされたものの、その意味するところに関しての検討は十分ではなかった。近年、小林達雄の整理した形式・型式という概念が用いられるようになり、その違いが分かりやすく説明されている。形式はさまざまなレベルに分化する(谷口1983)が、大形石棒と小形石棒の共通の上位概念を石棒類として括ることが可能か否かについてはさらに検討の余地があろう。この検討には類石棒やミニチュア石棒なども含めるべきであるが、要はそれぞれの関係を明らかにすることである。

《分類の目的》
 大形石棒と小形石棒類の両者を分類の対象としたものも研究初期にはあるが、多くは石棒とよばれる遺物の一部分を対象に細分を行っている。しかし、なぜ分類するのかという点についてはほとんどの場合明示されていない。

 言うまでもなく「正しい分類法」は存在しない。分類にもさまざまな目的がある。地域差・時期差を出して編年を行うというのは大きな目的の1つである。バリエーションを示すためにも用いられる。また、バリエーションその中で特にどのような傾向(偏り)を持っているかを統計的に示すにも分類は欠かせない。また、同じようなものを一々記述する手間を省くという情報量縮小も目的の1つであろう。従って様々な基準で分けてみることは必要であり、特別な結果が出なくてもそれを公表することは無駄ではない。だが、目的や基準の根拠、結果の考察もなくただ分類結果のみを示されても研究の進展にはあまり貢献しないのではないだろうか。

《おわりに》
 形態に基く分類のもう1つの大きな目的としては先に挙げた石棒の概念の確立があげられよう。無論これは形態だけで問題が解決するわけではない。層位や共伴関係を含む出土状況や理化学的分析などの視点も不可欠である。

 従来の石棒研究は、形態に基く分類、出土状況や民族例に基づく機能論・用途論などがバラバラに行われてきた観がある。総合的な視野に立った検討が必要である。

 本稿は先史精神文化研究会での2000年6月19日・26日の発表「石棒研究史 総論篇」および「形態分類・型式設定篇」に石剣・石刀の資料等を加え、さらに2001年5月14日の発表「分類用語の基礎知識」に関する討議内容を踏まえて再構成したものである。



1)横断面の形態差をもとに石棒・石剣・石刀の三分類が一般的に行われている。しかし、三者を明確に分類することは難しく、現在では同一形式との考えも強く、先学(鈴木1987など)に習い本稿では三者をまとめて〈石棒類〉と称する。また石棒については二分類が行われ、〈粗製/精製〉〈大形/小形〉〈大型/小型〉〈太形/細形〉などと呼ばれているが、本稿では〈大形石棒〉〈小形石棒〉の呼称を用いる。また、後・晩期の石棒・石剣・石刀をあわせて〈小形石棒類〉と呼称する。これは内容的には稲野、藤村、後藤らの〈石剣類〉に近い。なお石棒に似た〈類石棒〉などとよばれる遺物については本稿では直接の対象としない。

また先学の引用部分を除き本稿で用いる形式・型式の用語は小林達雄(1967ほか)の用法による。

2)本章については煩雑を避けるため典拠文献を省略した。

3)こうした視点による研究史の検討は大形石棒を中心に既に大矢(1977)においてもなされている。

4)区分原理:分類の視点・基準。階層構造:区分原理の順序を決めて順次適用する方法。多次元構造:区分原理をそれぞれ独立したものとして扱う方法で組み合わせ分類・複合分類ともいう。(緑川1996)など参照。

5)〈石棒〉という語の初出年代までは調べきれなかったが、木内石亭が〈石の棒〉という言葉を用いているという(清野1954)。

参考・引用文献

 若林勝邦  1887 「日本麁製石棒」『東京人類学雑誌』2-19
 羽柴雄輔  1888 「石棒の用法 上篇」『東京人類学雑誌』4-31
 佐藤伝蔵  1896 「陸奥国亀ヶ岡第二回発掘報告」『東京人類学会雑誌』11-124
 大野延太郎 1896 「常陸国霞カ浦沿岸旅行談(第百二十一号の続)」『東京人類学雑誌』11-123
 大野雲外  1908 「石剣の形式に就て」『東京人類学雑誌』23-263
 鳥居龍蔵  1924 「石棒」『諏訪史』1(『鳥居龍蔵全集』3 1976 朝日新聞社 所収)
 鳥居龍蔵  1926 「石棒」『先史及び原史時代の上伊那』(『鳥居龍蔵全集』4 1976 朝日新聞社 所収)
 八幡一郎  1928 「石棒」『南佐久郡の考古学的調査』
 八幡一郎  1933 「石刀の分布」『人類学雑誌』48-4
 八幡一郎  1934 「石棒」「石剣」『北佐久郡の考古学的調査』
 清野謙次  1954 「石棒、石剣」『日本考古学・人類学史』上 岩波書店
 小林行雄  1959 「石棒」「石剣」「石刀」『図解日本考古学辞典』 東京創元社
 小林達雄  1967 「縄文晩期における土版・岩版研究の前提」『物質文化』10
 小島俊彰  1976 「加越能飛における縄文中期の石棒」『金沢美術工芸大学学報』20 金沢美術工芸大学
 大矢昌彦  1977 「石棒の基礎的研究」『長野県考古学会誌』28 長野県考古学会
 野村 崇  1978 「北部日本における縄文時代晩期の石刀について」『北海道開拓記念館研究年報』6
 山本暉久  1979 「石棒祭祀の変遷 (上・下)」『古代文化』31-11、31-12 古代学協会
 稲野裕介  1979 「亀ヶ岡文化における石剣類の研究 −文様に基づく分類−」『北奥古代文化』4
 谷口康浩  1983 「形式に関する一般理論」『国学院雑誌』84-6
 新津 健  1985 「石剣考」『山梨県立博物館・山梨県埋蔵文化財センター研究紀要』2
 藤村東男  1985 「岩手県九年橋遺跡出土石剣類の破損について」『古代』80 早稲田大学考古学会
 小島俊彰  1986 「鍔を持つ縄文中期の大型石棒」『大境』10 
 後藤信祐  1986・87 「縄文後晩期の刀剣形石製品の研究 (上・下)」『考古学研究』33-3、33-4
 山本暉久  1987 「石棒性格論」『論争学説日本の考古学』3 縄文時代U 雄山閣出版
 鈴木克彦  1987 「風韻堂コレクションの石棒・石刀・石剣」『青森県立郷土館調査研究年報』11
 大塚達朗  1994 「展示品解説 石剣」『東京大学コレクション(T)』 東京大学総合研究資料館
 宮川村・宮川村教育委員会編 1995 『飛騨みやがわシンポジウム 石棒の謎を探る』
 小島俊彰  1995 「彫刻石棒について」『飛騨みやがわシンポジウム 石棒の謎を探る』
 村上伸二  1995 「石棒の機能に関する一考察」『比企丘陵』創刊号 比企丘陵文化研究会
 緑川信之  1996 『本を分類する』勁草書房
 戸田哲也  1997 「石棒研究の基礎的課題」『堅田直先生古希記念論文集』 
 角田真也  1997 「関東地方における細形石棒の文様とその位置づけ」『東国史論』12 群馬考古学研究会
 角田真也  1998 「細形石棒の研究」『國學院大學考古学資料館紀要』14 國學院大學考古学資料館
 角田真也  1998 「ミニチュア石棒小考」『東国史論』13 群馬考古学研究会
 後藤信祐  1999 「遺物研究 石棒・石剣・石刀」『縄文時代』10 縄文時代文化研究会
 小林青樹編 2000 『縄文・弥生移行期の石製呪術具1』 考古学資料集12




【資料:石棒の形態分類・型式設定(抜粋)】


註:ここで挙げた資料は、各研究者の記述を抜粋したもので、改行やゴシック体での強調、省略などを行っている。この問題に関心のある方は原著を参照されることをすすめたい。

T.Kanda "Notes of Ancent Stone Implements.&c., of Japan" 1884
神田孝平『日本大古石器考』1886 M19 (『復刻日本考古学文献集成』1983)

 其一ハ中部程太ク両端ニ頭ヲ具スル者
 其二ハ前ト略同形ニシテ一端ニ頭ヲ具シ他ノ一端ハ円錐状ヲ為ス者
 其三ハ一端ニ頭ヲ具シ他ノ一端ハ?木状ヲ為ス者
 其四ハ両端倶ニ頭ヲ具セサル者
 ※図版説明では2と3の順序が逆となっている

若林勝邦「日本麁製石棒」『東京人類学雑誌』2-19 1887 M20
 精巧ナル彫刻ヲ両頭及ビ中央ニ施セルモノ・・・精製石棒
 彫刻ナクシテ僅ニ穴数個ヲ穿ツカ或ハ頭カ尾ニ尖ヲツケタルモノ・・・麁製石棒

羽柴雄輔「石棒の用法上篇」『東京人類学雑誌』4-31 1888 M21
 先つ之を大別して二類と為を得へし其第一類を粗製石棒と云ひ第二類を精製石棒といふ
  第一類のものハ・・・其形状ハ無頭のもの有り有頭のものあり
   有頭のものに一頭のもの有り両頭のものあり 其の断面ハ円及楕円
  第二類のものハ・・・其形状ハ無頭のもの有り有頭のものあり
   有頭のものに一頭のもの有り両頭のものあり
   其の断面ハ円及楕円の外に平扁なるものあり
   この類の身にハ刃形を具せるものありてそれに又片刃両刃の二種あり

佐藤伝蔵「陸奥国亀ヶ岡第二回発掘報告」『東京人類学雑誌』11-124 1896 M29
 便宜の為め
  其切断面平くして楔形若しくは平らたく楕円形を為すものを石剣と称し、
  切断面円形に近きものを石棒と称せん。
 然れとも此二の者は実際区別すへからざるものもあれば、今は之を相合して説明せん。

大野延太郎「常陸国霞カ浦沿岸旅行談(第百二十一号ノ続)」『東京人類学雑誌』11-123 1896 M29
 横断面丸ク或ハ扁平ニシテ全体細長ク長キか 又は横断面丸クシテ全体太ク長キ

 甲 横断面丸ク或ハ扁平ニシテ一頭ヲ有スルモノ
   横断面丸ク或ハ扁平ニシテ頭ナキモノ
 乙 一頭ニシテ細ク長ク一側ニ刃ヲ有スルモノ
   頭ナクシテ一側ニ刃ヲ有スルモノ
   両頭ヲ有シテ刃無ク横断面楕円形ナルモノ
   頭無クシテ横断面丸ク棒形ノモノ
 「石神トシテ尊拝サルヽモノハ甲ニ属ス・・・ 乙ハ云ウマデモナク武器ノ一種・・・」

大野雲外「石剣の形式に就て」『東京人類学雑誌』23-263 1908 M41

 (一号)は両頭ありて両方に紋様を彫刻したものと、只丸く玉のようにできているものが普通である厚みは扁平に成っておる、長さは一定してはいないが一尺から二三寸亦三尺位までのもあるように思う
 (二号)は一頭にして、紋様を彫みてあるものが多い、先きは缺くない、厚さは扁平にして長さは一尺内外のものである
 (三号)はこれも一頭にして極く薄平たくして一方の側面に細き溝がつけてある、先きは同じく鋭利でない
 (四号)これも一頭にて厚みが扁平と丸きものとある先は格別鋭くないこれは前と同じことである
 (五号)これは無頭にして前後が一寸見分けが六つかしい、両様共に先きが細くなってあるものもある、厚みは丸くして棒のごとくこれらは全くの石棒と云うことが出来る

 この外に太く大きい石棒も先住民の遺物であろうが今日まで委く遺跡から掘り出した者とは見留られぬ、・・・

鳥居龍蔵「石棒」『諏訪史』1 1924 T13 (『鳥居龍蔵全集』3 1976所収)
 広義の石棒┬精製石棒(石剣)
      └粗製石棒(狭義の石棒)

鳥居龍蔵「石棒」「石剣」『先史及原史時代の上伊那』1926 T15 (『鳥居龍蔵全集』4 1976 所収)
石棒
 II、頭部僅かに躰より縊れでたるもの
 III、頭部発達して躰と全く離る
 IV、発達せる頭部の形は次第に形を整えられて宛然茸の如き形となる
 V、更に進みて頭頂は平に截られて頭部円?形となる
 VI、IVの形にさらに一歩進めてその頭部を二段となし
 VII、更にそれを整えたるものとす
 VIIIは別にIVの頭部を四分して南瓜の如き形を呈させた
  ※ここに掲げた順序は型式的にその経緯を示すものである

 石剣に於いても無頭・有頭の別がある。…有頭石剣の分類としては、
  石刀形石剣、すなわち著しく扁平にして刃状を呈する類と、
  石棒的石剣、すなわち横断面円形あるいは楕円形にして棒状を呈する類とに二大別し得る。

八幡一郎「石棒」『南佐久郡の考古学的調査』1928 S3  「石棒」『北佐久郡の考古学的調査』1934 S9

 無頭(I)
 両頭┬単頭┬一段頭(II)
   │  └二段頭(III)
   └両頭(IV)

八幡一郎「石刀の分布」『人類学雑誌』48-4 1933 S8
 石棒系統の石器は性質に従って三大別することが出来る。
 断面正円乃至楕円形の棒状石器即ち石棒が其の一、
 断面楕円形或は菱形にして、先端尖るか或は両側縁に鈍い刃の附く剣様石器即ち石剣が其二、
 断面卵形或は扁平板状で一側縁に刃のつく刀様石器即ち石刀が其三である。

八幡一郎「石剣」『北佐久郡の考古学的調査』1934 S9
 石棒は、形の大小を問わず体部断面が正円乃至之に近い楕円形をなし、原則としては一端又は他端に頭部を有する
 石剣は、一般石棒に比較すれば、短小、断面楕円形、菱形又は扁平にして、概ね頭部を有し、他端が鋭く細く尖るか体両側縁が刃のように細くなりて刺器に適する。体は多く真直である。
 石刀は、石剣と略同大、体断面は卵円形又は扁平にして一側縁が刃となり、刀の如き利器と見做し得るもの。体は彎曲する場合が少くない。
 「夫々中間的なものが存し、孰れに属するか区別し難い事がある…殊に破片だけでは判然せぬものが多い」

小島俊彰「加越能飛における縄文中期の石棒」『金沢美術工芸大学学報』20 1976 S51
 第I型式 石棒本体の上端に鍔を巡らせ、この鍔の上下に玉だき三叉文を彫刻するグループ
 第II型式 1ないし2本の鍔と、三叉文の彫刻を特徴とするグループ
 第III型式 上端を巡る鍔が一面でV字状に垂れ下がるものあるいは一周した鍔にV字状隆帯を加えたもの
 第IV型式 上端部に、鍔を巡らすだけのもの
 第V型式 上端部に、円柱あるいは臼状の頭部を造り出すもの
 第VI型式 上端部に、亀頭状の突出を造り出すもの
 第VII型式 上端部に、亀頭状の表現をするが、凹線を巡らすことによって見た目の突出を作り出しているもの
 第VIII型式 鍔や隆帯あるいは彫刻などを有せぬもの

大矢昌彦「石棒の基礎的研究」『長野県考古学会誌』28 1977 S52

 石 棒   両頭石棒 両端に鍔もしくは頭部を有する。
       単頭石棒 両頭石棒にも無頭石棒にも入らないもの。
       無頭石棒 両端に鍔もしくは頭部を有しないもの。

          型式作風             頭部による類別

 両頭石棒  I型式

 単頭石棒  I型式(頭部を作るもの)      a類  丸
                         b類 三角
                         C類 四角
                         d類 作り出しが明瞭でない
       II型式(溝もしくは段を有する)   a類 段、鍔を有す
                         b類 鍔を作る為に溝を明確にする

 無頭石棒  I型式(無頭石棒の典型)      a類 丸
                         b類 平
       II型式(わずかにくびれのあるもの) a類 段、鍔を有す

野村崇「北部日本における縄文時代晩期の石刀について」『北海道開拓記念館研究年報』6 1978 S53

 A型:石刀の身は内反りで、刃関が明瞭につく。柄頭は長方形もしくは台型で、一般には三叉文の沈刻や連続渦巻文などの彫刻が施される。
 B型:石刀の身は真直で直刀状をなす。柄頭は台形もしくは長方形で、浄彫様の彫刻は施されず、単純な沈刻線か幾何学的文様がわずかに見られるのみである。文様のないものも多い。一部に刃関のはっきりしないものもある。
 C型:石刀の身は真直で、柄頭は台形か亀頭状をなす。柄頭には浮彫りの彫刻はなく、せいぜい単純な沈刻線のある場合もあるが大半はなにも無い。刃関もはっきりせず、刃と柄の区別がつかない。また柄と柄頭の未分化のものも多い。背は丸味をおぴ、刃の断面は卵形をなす。

稲野裕介「亀ヶ岡文化における石剣類の研究 −文様に基づく分類−」『北奥古代文化』4 1979 S54
 1類 S字状入組文の施されるものである。
 2類 山字文などの施されるものである。
 3類 C字文などの施されるものである。
 4類 渦巻あるいはx状の文様の施されるものである。
 5類 綾杉文の施されるものである。
 6類 工字文の施されるものである。
 その他 1類から6類までに分類することのできなかったものである。

藤村東男「岩手県九年橋遺跡出土石剣類の損壊について」『古代』80 1985 S60
(頭部破片の分類)
 1類 頭部が台形をした亀頭状になるもの…
 2類 1類と同じく亀頭状となるが、中央部がくびれて二段となるもの…
 3類 胴部と同じ幅の方形の頭部を持つもの…
 4類 いわゆる無頭石棒で、端から15cmほどのところに敲打による文様帯が巡り、頭部と胴部とが区画される。

小島俊彰「鍔をもつ縄文中期の大型石棒」『大境』10 1986 S61
(1)三叉文をつくりだしたもの:鍔を彫りだし、石棒の体部に三叉文を主にした印刻文を加えたもの
 I型 三叉文と玉を組み合わせた文様(玉抱き三叉文)を印刻したもの
 II型 三叉文のみを印刻したもの
(2)隆帯でV字状文様などを表したもの
 III−1型 V字状隆帯をもち、横位置に小円状の隆帯文を加えているもの
 III−2型 鍔が一部でV字状に下がるもの
 III−3型 鍔に接してV字状隆帯文を配するもの
(3)鍔を巡らせただけのもの
 IV型 印刻文や隆帯文などをもたず鍔を巡らすだけのもの

後藤信祐「縄文後晩期の刀剣形石製品の研究」(上・下)『考古学研究』33-3・33-4 1986 S61
《身の断面形態による分類(3器種6類)》
 I、刃部(あるいは側縁を走る稜)のないもの・・・小型石棒
 II、刃部(あるいは側縁を走る稜)のあるもの
  A、刃部(あるいは側縁を走る稜)が一側縁を走るもの・・・石刀
   a、稜と反対の側縁が曲面で結ばれるもの
   b、稜と反対の側縁をニ平面で挟むもの
  B、刃部(あるいは側縁を走る稜)が両側縁を走るもの・・・石剣
   a、両側の稜(不明瞭)の間が曲面で結ばれるもの
   b、両側の稜(明瞭)の間が曲面で結ばれるもの
   c、両側の稜の間に副次的な稜が形成され、四平面が形成されるもの
《把頭部形態による分類》
 A式 把頭を有さないもの
  A1 把部と身の区分が不明瞭なもの
  A2 刻線を施すことにより把部が造り出されているもの
  A3 関により把部が造り出されているもの
 B式 把部、把頭部が刳りまたは刳るように剥離することに表現されているもの
 C式 把頭部が球形または略球形を呈するもの
  C1 球形ないしそれに近いもの
  C2 扁平で略球形状のもの
 D式 把頭が胴張りの円形ないしそれに近い形状を呈するもの
 E式 把頭が胴張りの円柱状を呈するものであるが、上下の沈線が強調化され段になったと思われるもの
 F式 把頭が扁平なもの
 F1 縦断面が縦長の台形ないしは三角形に近い台形を呈するもの
 F2 縦断面が横長の長方形ないしはそれに近い形状を呈するもの
 G式 把頭部の下に突帯を有するもの
  G1 寸詰りの円柱形を呈するもの
  G2 半球形を呈するもの

小島俊彰「彫刻石棒について」『飛騨みやがわシンポジウム 石棒の謎をさぐる』 1995 H7

鍔をもつ中期の石棒
┌加飾あり┬─三叉文印刻─┬─玉(半円)と組む (玉抱き三叉文型)
│    │(鍔の上下に)└─三叉文のみ    (三叉文型)
│    └─V文陽刻─┬─流動V文┬二連V文 (二連V型)
│  (鍔の上下に)  │     └一連V文 (一連V型)
│           └─静止V文      (静止V型)
└鍔のみ─┬─他段鍔              (鍔多段型)
     ├─二段鍔───┬─間隔広      (二段鍔広型)
     │       └─間隔狭      (二段鍔狭型)
     └─一段鍔              (一段鍔型)

角田信也 「細形石棒の研究」『国学院大学考古学資料館紀要』14 1998 H10

細形石棒の各種属性:胴部断面形態・胴部平面形態・頭部形態・文様など
多数のパターンから、関東地方においてある程度まとまった数がみとめられた20種類を型式として設定
以下は角田の記述のうち「形態的特徴」の部分から主要特徴を抜粋したもので、この他に文様・石材・分布・時期の説明がある

無頭系列
 東正院型:断面形円 無刃 平面柱状 両端近くがわずかに細ることが多い。
 冬木型:断面扁平 両刃or無刃 隅丸方形状or六角柱状 平面剣状 先端部は鑿状に尖る
 矢瀬型:断面円形 片刃 平面剣状〜錐状。頭部は作出されず頭頂部に平坦面が作り出される 全体直刀状
両頭系列
 矢作型:断面円形 平面柱状 若干両端がすぼまる 頭部笠形〜円筒形の中間
 十王堂型:断面円形 無刃 平面柱状 頭部円筒形 頸部鉢巻状隆帯が多い 両端にボタン状突起ある場合あり 頭頂部平坦
乳頭系列
 千網谷戸型:断面扁平に近い楕円 無刃 平面反りを持つ刀状 頭部球状
 乙女不動原北浦T型:断面稜付無刃 平面剣状 頭部乳頭形 頭部上端に乳頭状突起 先端に小さな突起を持つ場合もある
 乙女不動原北浦U型:断面楕円 片刃 平面刀状 頭部球頭形 頭部上端に乳頭状突起
 西広型:断面稜付無刃 平面剣状? 頭部は独立
亀頭系列
 加曽利南型:断面楕円・両刃が多い 平面剣状が多い 頭部亀頭形
 下布田型:断面楕円 片刃 平面剣状 頭部亀頭形
 日向北型:断面楕円 無刃 平面剣状 頭部亀頭形で単頭 側面観で頭部は独立
蛇頭系列
 貝の花型:断面楕円 片刃 平面剣状 頭部蛇頭形 側面観で頭部と胴部はフラット
 なすな原型:断面楕円 両刃 平面剣状 頭部蛇頭形 単頭
 原ヶ谷戸型:断面楕円・無刃が多い 胴部断面楕円無刃or両刃 胴部平面剣状 頭部蛇頭形でやや丸みを帯びる 単頭
 高井東型:断面楕円・両刃が多い 平面剣状が多い 頭部蛇頭形だが独立傾向あり 単頭
握部作出系列
 板 倉 型:断面楕円・無刃が多い 稜付もある 平面把握部のついた剣状 頭部蛇頭形 側面観で把握部からの独立傾向少
 茅 野 形:断面楕円or楕円に近い扁平 両刃が多い 平面剣状で胴下部を抉って把握部を作出す 頭部は扇形に整形
形系列(→のちミニチュア石棒として別形式とする)
 加能里型:断面円形 無刃 平面柱 頭部笠形で両頭 頭部が二重になるか頸部に鉢巻状の段がつくことが多い
大形系列(後・晩期でまとまった数がえられたものでこの他に両頭男腹部平坦の一群も 太形石棒と細形石棒の中間形式の可能性)
 雅楽谷型:断面円形 無刃 平面柱状? 頭部笠形 単頭か両頭かは不明

(2001.7.3稿了)

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