卒業論文要旨縄文学研究室トップ研究ノートトップ
 いろいろ欲張った結果、まとまりのつかないまま提出してしまった。従って、ここでは構成と要旨のみ掲載し、内容を公開することは控えたい。現在、改めて公表できるよう、全体を見直ししており、構成もかなり変更する予定である。


縄文時代後期における葬墓制の研究
−小型土器副葬行為の持つ意味−



〜章立て〜


1.はじめに
 死の文化的意味/日本考古学における葬墓制研究の視点/
 葬墓制を媒介とした観念世界と現実世界の相互参照システム的視点と動的視点

2.時代背景と本稿の課題
(1)縄文時代後期という時代
 「縄文」の枠組み/縄文時代後期の文化変容/葬墓制の画期
(2)本稿の課題 
 関東地方における研究状況/研究史/事例の典型例/先行研究の問題点と本稿の課題

3.事例の提示
(1)事例の認定基準

(2)墓坑から完形土器が出土する事例

(3)参考事例

4.事例の基礎的整理
(1)時 期
 事例数の時期的変遷

(2)分 布
 分布の時期的変遷/一遺跡の事例数

(3)土 器
 サイズ/器種

(4)出土状況
 土器出土状況/複数出土事例/共伴遺物

(5)墓域内・遺跡内における完形土器出土墓
 墓域内分析/遺跡内

(6)小 結

5.小形土器副葬行為の社会的意義
(1)関東地方における諸文化要素の変化
 居住/生業/祭祀/葬墓制/土器/環境/加曽利B1式前後の時期的意義

(2)周辺地域における葬墓制の様相
 東関東/北関東/中部高地/西南関東における小形土器副葬行為の意義

(3)小型土器副葬墓の被葬者
 被葬者推定の方法/埋葬区と単位集団/核家屋と社会の複雑化

(4)小形土器副葬行為の社会的意義
 儀礼の機能と社会構造変化の背景/葬送行為の持つ意味/小形土器副葬行為の社会的意義

6.課題と展望
 西南関東における土器へのこだわり/社会構造をめぐる問題/葬墓制と社会・経済、観念世界


〜要 旨〜


 本論は、西南関東の後期中葉に分布する小形土器副葬行為に注目し、モノを媒介とした儀礼と社会の相互関係について探ることを目的としている。

 まず、当該事例(34遺跡)についての基礎的な整理を行った。時期的に堀之内2式期〜加曽利B1式期に盛行すること、横浜・町田地域を中心とし概ね東京都・神奈川県内に分布すること(他に千葉・群馬・長野に1例ずつ)、副葬に使用された土器のサイズの統一性が高いこと、その器種は最盛期には椀・鉢類が半数を占めるものの深鉢・浅鉢・注口・舟形・壷なども用いられること、墓坑端部付近の底面近くからの出土例が多いこと、土器副葬墓が遺跡内・墓域内において一定の範囲に集中する傾向が見られること等から一定の葬制として確立されていたと判断した。また、集中域が核家屋の前面である場合があることから、一定集団に限られた葬制であったと推定できる。

 当時の東関東について《自然環境の変化→生業システムの変化→居住システム・セトルメントシステムの変化→人的組織の変化》という「社会の複雑化」のモデルが提示されており、北関東でも石棺墓の形態差から社会構造の変化が指摘されている。小形土器副葬行為もそのような流れに位置づけることができよう。自然環境・生業の変化を背景とし、その行為を行うことによってさらに新たな社会秩序を作り出して行ったものと想定できる。

 ただし、儀礼的行為にみられる社会的差異の表出の方法やそれに要する労力の違いを考えると、社会の複雑度は北関東・東関東・西南関東は異なったレベルにあったものと思われる。小形土器副葬事例の減少する加曽利B2式期以降は、東西関東で精製土器様式が分裂し、山形土偶や異形台付土器など東関東的な儀礼具が出現する時期であることは、儀礼と社会の関係を示す格好の事例と言えよう。

(※要旨は04年8月に改めて書き直したものであり、順序等は上記の章立てとは異なっている)



〜主要参考文献〜

秋田かな子 1998 「加曽利B1式土器の構造変化とシステム−南関東西部における様相をふまえて−」『東海史学』32 東海大学史学会
秋田かな子 2002 「加曾利B2式鉢形土器の性質 −型式内位置にみる諸現象から−」『日々の考古学』東海大学出版会
安孫子昭二 1997 「関東地方縄文後期の動態」『土偶研究の地平』勉誠社
阿部芳郎 1993 「上土棚南遺跡出土の堀之内2式土器の器種とサイズ −深鉢A類における作り分けと機能について−」
  『吉岡堀ノ内横穴墓群 上土棚遺跡 上土棚南遺跡』綾瀬市埋蔵文化財報告3 綾瀬市教育委員会
阿部芳郎 1996 「食物加工技術と縄文土器」『季刊考古学』55 雄山閣出版
阿部芳郎 1998 「縄文土器の器種構造と地域性 −食物加工作業の分節化と労働編成からみた関東地方後期の地域構造−」『駿台史学』102 駿台史学会
石井 寛 1989 「縄文集落と掘建柱建物跡」『調査研究集録』6 港北ニュータウン埋蔵文化財調査団
石井 寛 1994 「縄文後期集落の構成に関する一考察 −関東地方西部域を中心に−」『縄文時代』5
小杉 康 1995 「縄文時代後半期における大規模配石記念物の成立 −「葬墓祭制」の構造と機能−」『駿台史学』93 駿台史学会
小林達雄 1981 「特論 縄文土器の用途と形」『縄文土器大成』3 講談社
須賀博子 1996 「縄文土器における精製・粗製深鉢成立過程の地域性と共通性 −縄文時代後期前半の関東南部を中心に−」『駿台史学』97 駿台史学会
鈴木徳雄 2000 「縄紋後期浅鉢形土器の意義−器種と土器行為の変化−」『縄文時代』11 縄文時代文化研究会
鈴木保彦 1980 「関東・中部地方を中心とする配石墓の研究」『神奈川考古』9 神奈川考古同人会
鈴木保彦 1986 「続・配石墓の研究」『神奈川考古』22 神奈川考古同人会
谷口康浩 2002 「環状集落と部族社会 −前・中期の列島中央部」『縄文社会論』上 同成社
高橋龍三郎 2002 「縄文後・晩期社会の複合化と階層化過程をどう捉えるか −居住構造と墓制よりみた千葉県遺跡例の分析」
  『早稲田大学大学院文学研究科紀要』47-4 早稲田大学大学院文学研究科
高橋龍三郎 2003 「縄文後期社会の特質」『縄文社会を探る』 学生社
大工原豊・林克彦 1995 「配石墓と環状集落−群馬県天神原遺跡の事例を中心として−」『信濃』47-4 信濃史学会
中村 大 1999 「墓制から読む縄文社会の階層化」『最新縄文学の世界』朝日新聞社
西田泰民 1989 「堀之内・加曽利B土器様式」『縄文土器大観』4 後期・晩期 小学館
西田泰民 1996 「墓と縄文土器」『歴史発掘』2 縄文土器出現 講談社
林克彦・細野千穂子 1997 「墓制から見た地域性−縄文時代後晩期・関東地方西部の墓制の検討から−」『史友』29 青山学院大学史学会
林 謙作 2001 『縄文社会の考古学』同成社
春成秀爾 2002 『縄文社会論究』 塙書房
溝口孝司 1993a 「「記憶」と「時間」 −その葬送儀礼と社会構造の再生産において果たす役割−
   (ポスト=プロセス考古学的墓制研究の一つの試みとして)」『九州文化史研究所紀要』38 九州大学文学部九州文化史研究施設
溝口孝司 1993b 「ブリテン島青銅器時代における火葬習俗導入の社会的意義
   −「意味」の考古学から「社会的行為」の考古学へ−」『古文化談叢』30下 九州古文化研究会
山田康弘 1995 「多数合葬例の意義 −縄文時代の関東地方を中心に−」『考古学研究』42-2 考古学研究会
山田康弘 2001 「縄文人骨の装身具・副葬品の保有状況と土坑長」『物質文化』70 物質文化研究会
山本暉久 1989 「縄文時代終末期の集落」『神奈川考古』25 神奈川考古同人会
山本暉久 1991 「環状集落と墓域」『古代探叢』V 早稲田大学出版部
山本暉久 1997 「関東地方の縄文時代墓地」『月刊考古学ジャーナル』ニューサイエンス社


(04.2.2卒業論文発表会で発表、04.4.24國學院大學先史考古学談話会で発表、04.8.7修正)
縄文学研究室トップ研究ノートトップCopyright (c) 2004 Nakamura Kousaku
E-mail:info@jomongaku.net