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私と万治の石仏 98年諏訪にて

 Nakamura Kousaku


 1981年 神奈川県伊勢原市生まれ。
 1997年 神奈川県立秦野高等学校入学。
 2000年 國學院大學文学部史学科に入学
 2004年 國學院大學文学部史学科考古学専攻卒業
 2004年 國學院大學大学院文学研究科博士課程前期日本史学専攻考古学コース入学





 小学校の頃に郷土史に関心を持ち、その後対象を変えながらも現在まで歴史・文化に興味を持ちつづけている。
 広くは考古学・民俗学・文化人類学などの文献史学周辺の学問全体、狭くは縄文時代の社会組織、祭祀や葬制などの精神文化、民俗宗教など、精神文化史というテーマで括れそうな分野に興味をもち、史跡・遺跡・博物館を訪ね、パンフレットから専門論文まで集めて読み解こうとしている。また、歴史系諸学と自然・文化財・平和との問題、特にマスコミ考古学・埋文行政についても関心を持っている。

 私はかなり以前から歴史について興味を持っていたが、本格的に資料を集めたり現地を見学したりすることを始めたのは小学校3年の3学期のことだ。「市に残る古いもの」という授業で太田道灌の墓、上杉定正の館跡などの史跡めぐりが行われた。また違うクラスだったが、「伊勢原」の地名の由来は伊勢国宇治山田の曽右衛門が開いたところからくる、と調べてきたものが張ってあった。地名にも由来があるのかと感動し、以来郷土史にはまった。

 最初は市内の文化財一般を対象にしていたが、6年の頃には大山信仰に興味を持ち、特に大山道・大山道標を訪ねて県内外をまわった。夏休みには戸塚から伊勢原まで当時の道を歩いてみた。或いはいわき市にキャンプに行った時はその地の大山信仰を示す「石尊塔」を見て回ったこともあった。
 その後、相模武士などにも興味を持ったが、中学生になると興味は相模国府と三ノ宮比々多神社の関係に移った。明治以来主に地名を根拠として伊勢原市比々多地区に国府があったという説があり、当時の比々多神社の勢力がどのようなものだったのか知りたかったのだ。だが、「国厨」「郡厨」などの墨書土器という考古学の成果で国府は平塚市四之宮付近にあったことがほぼ確実になっていた。

 そこでさらに古い時代の比々多神社をはじめとする古代の信仰に興味が移り、神社の古態を探るため、考古学も視野に入れはじめた。神社と古墳の関係を知るため、市の文化財担当の方に会いに行ったのもこの頃である。
 大場磐雄先生の『神道考古学論攷』『祭祀遺蹟』には山岳信仰、巨石信仰など古代人の自然に対する信仰について説明されていた。大山と山頂の御神体に興味を持っていたため、私は全国の山岳信仰・石信仰について調べはじめた。そして中学2年の夏休みには奈良京都で三輪山や飛鳥坐神社、上賀茂神社、日吉大社などを回ったり、赤城山の櫃石、福島の建鉾山を見に行くなど、磐座を訪ねて歩き回った。
 しかし、この後、自然に対する信仰は縄文時代からあったことを知った。当時は一方で「日本のピラミッド」というものに興味があった。ピラミッドというと怪しげだが、山岳祭祀遺跡と言い変えられるようなものであった。そのいくつかが縄文遺跡と関係あるのだという。どうせオカルトチックなものは相手にされないことは分かっていたので純粋な考古学の縄文時代の祭祀というテーマに興味を持ったのだ。

 中学3年になると佐原真・小林達雄・戸沢充則などの諸先生の本を読んでますます考古学が好きになったが、今から思えばこの年は縄文ブームの最高潮の年だったようだ。この機に、私も春から敷石住居や十三菩提式土器の展示を見たり、田端遺跡、堀の内貝塚、新山遺跡、明大・国学院大の博物館を見学に行ったりした。春休みのスキーの帰りには尖石遺跡。5月の連休には是川遺跡、三内丸山遺跡。夏休みにはチカモリ遺跡、御経塚遺跡、宮川村、高山郷土館、堂の上遺跡、不動堂遺跡、寺地遺跡、長者ヶ原遺跡を回った他、新潟への帰省時に長岡・十日町の火焔形土器を見たり、日帰りで井戸尻遺跡や大森貝塚、縄文まほろば博をはじめ、長野県や小山市での特別展などを見に行ったものである。
 また、沖縄の基地で破壊された遺跡の記事をもとに平和作文を書いたり、秋に歴博の「倭国乱る」を見たりして考古学と現代問題との関わりにも興味を持った。

 高校に入ると、生徒会活動(本部の仕事や部活動)や勉強で忙しくなり友達とのつきあいもあり、なかなか現地に行くことはできなかった。それでも1年の時には市内の先生と市の文化財担当職員とでつくる会にお邪魔して一緒に長野や青森(亀ヶ岡・三内・小牧野・是川)へ行ったり、伊勢堂岱遺跡・大湯環状列石などを巡るツアーに参加したり、2年で御柱祭とその下見に諏訪を訪ねたりした。
 だが、高校では専門的なことはできないと考え、マスコミや一般書、インターネットでの考古学の扱われ方について考えたり、縄文関係の展示図録を集めたりしており、その一部を当サイトで発表している。

 また、縄文ほどの知識は無いのだが、広く精神文化一般にも関心があり、民俗学・文化人類学、特に宮田登・小松和彦・赤坂憲雄の諸先生の研究に代表される民俗宗教や神・妖怪の問題、精神文化などに強い興味を持っている。

 一方、小学校・中学校で何度か学級委員を務め、文化祭などを中心となって行ったりしていたが、高校に入学後は本格的に生徒会活動に関わっていった。1年生で企画・書記、2年生で副会長をつとめ、秦野高校生徒会公式サイトなど書記・広報・コンピュータ関係の仕事やスケジュール調整など総合的な仕事を受け持った。現役引退後は後輩の相談を受けるほか、これまでの経験を総動員し、卒業式準備委員長として新しい卒業式を目指す仕事に関わった。また、忙しい合間をぬい弓道部・天文気象部にも所属、弓道では弐段を取得している。

(1997.3)



 2000年、憧れの國學院大學に入学。大学の小ささにちょっと失望したものの、専門分野に関しては充実した環境の中で勉強を続けている。
 普段は考古学・民俗学の研究会に参加し、休日にはその仲間ともに博物館・遺跡等の見学へ。また國學院大学フロンティア事業や地元での発掘調査・整理作業のお手伝いをさせていただいている。


《最近の関心分野》

【葬送墓制文化論】
 ・葬送儀礼に関する考古学的研究法
 ・縄文時代後期における葬墓制の研究(卒業論文題目)
 ・民俗社会における墓制の変化(2001-04年度民研個人テーマ)

【縄文時代文化論】
 ・加工食品炭化物の実態(2000年度若木祭テーマ)
 ・「環状列石」研究の課題(2000年度発表テーマ)
 ・石棒類の形態分類の研究史(2000年度発表テーマ)

【文化遺産活用論】
 ・インターネットを利用した学術情報の提供と交換(このサイト・國學院大学フロンティア事業のサイト
 ・個人的研究資料群の学術資産化(國學院大学フロンティア事業)  ・埋蔵文化財行政の変化と社会(資料収集段階)

【考古学論・民俗学論】
 ・考古学及び民俗学における資料の特性(2001年度民研新歓講話テーマ)
 ・考古学における様式論の可能性(2001年度考古学会入門講座テーマ)
 ・ミュージアムにおける考古学展示・民俗学展示・民族学展示(折に触れて見学)


(2004.4改訂)

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