トピックス

−ニュースや身近の話題について私の意見・感想を書くコーナーです−


3月14日(日) 歴博「新弥生紀行」・東博「民衆を導く自由の女神」
 結局忙しくって12日付けトピックスも出せませんでしたが、また新しい話題を。
 13日に歴博と東博へ行ってきました。歴博では「新弥生紀行−北の森から南の海へ」という企画展をやっている。この感想については別稿にまとめるので、それ以外のことについて。
 まず、行って初めて知ったのだが、現在試験的に常設展の写真撮影が認められていた。ここには興味深い資料がたくさんあるにもかかわらず『展示案内』は簡単すぎるので、細かい写真が欲しかった私にとっては朗報である。しかし、今回はカメラを持っていかなかった。是非とも、この措置を恒久的なものにしてもらいたいと思う。
 次に、展示方法について。改めて常設展(原始・古代と民俗)を見たが、ガラスケースに入った資料と入っていない資料随分あることに気付いた。考古資料の本物については多くがケースの中がだ、レプリカや模型(しかも多くが原寸)などはオープンだった。また、民俗展示室ではすべてがオープンだったと思う。前にも書いたように、この展示方法は見る者と資料との間の距離をなくし親しみを感じるもので、非常に共感を覚える。
 次に、ミュージアムショップについて。他館の図録を取り扱っていたが、これは非常にうれしい試みである。最近の図録はカラー図版や解説も多い分かりやすい説明になっており、しかも値段が手ごろでとても魅力的な資料である。しかし、それを手に入れるにはそこまで行くか、郵送してもらうかしかなかった。それがこのように他館でも扱われるようになると、手にとって内容をチェックでき、また新たな資料と出会うこともできるのである。今後はもっと多くの図録が全国的に流通するような体制を整備して欲しいと思う。
 最後にレストランについて。以前訪れた時とは違ってきれいになっていた。しかし、私としてはメニューに不満がある。はっきりって高いのである。大人だけを相手にしているのだったらいいが、私のような子供のことも考えてもらいたい。もう少し手軽なメニューを加えて欲しい。今考えれば下のコンビニで何か買って佐倉城跡の公園で食べた方が良かったという気がする。

 さて、歴博を後にして私は東博へ向かった。佐倉から京成で上野までゆっくり本でも読みながら行こうと思っていたが、残念ながら座ることはできなかった。上野公園の南端から北端まで結構長い距離を歩いていくと、両側の桜のいくつかが、咲きはじめていた。
 東博につくと驚いた。この日は無料公開日で、門の外まで並んでいる。その列に加わって並んだが、40分くらい中庭をぐるぐると回ってやっと中に入ることができた。ところが、展示室は吹き抜けで、警備員の「立ち止まらないで」という声が響いてうるさい。ゆっくり鑑賞できないままミュージアムショップへ。  もちろんドラクロアもみたいのだが、私としてはこのミュージアムショップが目当てである。ここには関連本、全国の博物館の図録を取り扱っている。図録については前述した通りだが、扱っている博物館は歴博とは異なっており、全体的にはこちらの方が量は多い。
 さて、肝心な絵の方だが、やはり実物を見るといろいろなことが分かる。この日は30分延長したので私はもう1度絵を見に行った。西洋画など見たことはないので何とも言えないが、予想以上に大きな絵で細かい所まできれいに仕上がっており感動した。これを描くのは大変な作業だったろうなと思う。そしてこれを運ぶのも大変だろう。日本全国からこれを見にやってくるだけの価値はあることが良く分かった。
 ※国立歴史民俗博物館  東京国立博物館


3月12日(金) 500アクセス記念 アクセス解析
 みなさん、お久しぶりです。約1週間続いた学年末テストもようやく終わりました。これで、数学・理科ともおさらばです。今後は早く大学にいけるように頑張りたいと思います。
 ここ数日更新はできませんでしたが、その間も何人かの皆さんが見てくださっていたようです。その間、12日〜13日に500アクセスを突破しました。本当にありがとうございます。しかし、私は生徒会副会長。年度末・年度始めのさまざまな仕事で休む暇もなくこの連休で書き上げました。

 その前に、世間では卒業式・入学式の日の丸・君が代をめぐっていろいろ騒がれてますが、私から見れば笑止千万。いずれも自分勝手で、主役の生徒のことを何も考えていないのが信じられません。教委、校長、職員、生徒会それぞれ思う所はあるようですが、生徒にとっては人生でたった1回の重要な節目。それが無用な政治的対立で混乱するというのは憤りを覚えます。直前になってどたばたするのではなく、もっと前からいろいろ対策は考えられるはずです。
 とまあ、これは私の個人的意見ですが、役員として公式に話せることでもないのですが、だれかに言わないと気が済まないので。

 それはそうと、最近主要なページに下のようなバーナーを付けました。これによりアクセス解析のサービスが受けられます。
 そこで、これまでの解析結果をいくつか抜粋して、ご紹介しましょう。こういうデータを見ると、見てくださっている皆さんの好みなど分かるので、今後のサイト運営に十分活かしていきたいと思っています。

【解析対象アクセスログ集計期間】 1999年 2月23日 (火) 14時00分 〜 1999年 3月12日 (金) 17時57分 (17.2 日間).
【正常なリクエスト総数】 528、1日平均: 31
【判明しているリクエストしてきたホスト数】 164
【時間帯別アクセス状況】
 [01:00〜] ################(38)
 [04:00〜] ######(12)
 [07:00〜] ##########################(52)
 [10:00〜] ##############################################################(129)
 [13:00〜] ########################(48)
 [16:00〜] ##################################################(102)
 [19:00〜] ########################################(80)
 [22:00〜] #############################(59)
 ※元のデータは1時間毎ですが、便宜的に3時間後とに直しました。10〜12時、16時頃、24時頃にピークが見られます。

【ページ別アクセス状況】
 378:トップページ  49:縄文学への招待  39:トピックス 27:法令集 (以下略)
 ※私が気になるページしか解析を行っていないので厳密には言えないが、トピックス・法令集がメインになっていることが分かる。

【アクセス元URL別アクセス状況】
  89: http://www.yahoo.co.jp/Social_Science/Anthropology_and_Archaeology/Archaeology/
  27: http://search.yahoo.co.jp/bin/search?(以下いろいろ)

  37:http://www.infoseek.co.jp/Titles?(以下いろいろ)
  7: http://japan.infoseek.com/Titles?(以下いろいろ)

  18: http://navi.ntt.co.jp/(以下いろいろ)
  3: http://beehive.navi.ntt.co.jp/cgi-bin/ntt-dir-tret.ie4?

  3: http://infonavi.infoweb.ne.jp/cgi-bin/hayate?RELSWITCH=1&Page=Search_1024&DB=NAVI&Max=10&Template=/t_results.html&QueryString=%C6%EC%CA%B8%B3%D8%B8%A6%B5%E6%BC%BC&OPE=AND&Max=10&QueryRule=$QueryString+URL=$URL1&URL1=&x=21&y=10

  7: http://www.infoaomori.ne.jp/~ssouma/link.html 《青森遺跡探訪》
  4: http://www.infoaomori.ne.jp/~furu3/rink.html 《生活面》
  3: http://www.skao.net/ogp/link1.html 《南河内考古学研究所》
  1: http://www.shikencho.com/educate/educate3.htm 《情報検索と教育__shikencho.com》今回初確認

 ※やはりYahooは凄い。多くの人は、検索エンジンからこのサイトへ来ていることがわかり、今後の戦略の参考にしようと思う。
  一方で、こんなサイトでも他の考古学サイトからリンクをはっていただいており、それを利用してくれている人もいる。サイト間の交流をもっともっと深めていきたい。

【ブラウザ別アクセス状況】
  163: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.01; Windows 95)
  86: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.01; Windows 98)
  40: Mozilla/3.01 [ja] (Win95; I)
  30: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.0; Windows 95)
  19: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.01; Windows NT)
  19: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.01; MSN 2.5; Windows 98)
  15: Mozilla/4.06 [ja] (Macintosh; I; PPC)
  14: Mozilla/4.06 [ja] (Win95; I)
  12: Mozilla/2.0 (compatible; MSIE 3.01; Windows 95)
  12: Mozilla/4.5 [ja] (Win95; I)
  10: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 4.5; Mac_PowerPC)
 ※すいません。大体分かるんですが、きちんと分からないもので全部出しました。(誰か教えてください)。
 IE4.0にあわせて作ったものなので、これが1位だったのは良かったと思う。



3月1日(月) 足元の文化財と手作りの考古資料展
 2月21日付けトピックスでお知らせしたように、伊勢原市教育委員会による第11回考古資料展がこの週末に行われている。当初の予定では、展示の様子を紹介しようと思っていたのだが、未発表資料(報告書が未刊)があり、パンフレットも簡単な記載しかない(しかも、文字ばかりで読みづらい)ことと、メインは古墳〜古代で、縄文が主でないことを理由にあきらめた。
 しかし、今回は、会場の様子をじっくりと見ることができるという幸運に恵まれたので、それに関して気付いた点と、感想を述べることにしたいと思う。

 私がお手伝いしたのは27日の午後である。話を伺おうと思っていた担当の人が忙しかったので、しばらく待つことにしたところ、受付をお手伝することになってしまった。生徒会の仕事で慣れているので、私にとっては楽しい仕事である。
 見ていると、見学に来る人は3種類ほどにわかれることがわかった。まず、近隣市町村の埋文関係者などの専門家、次に、毎回来ているような熱心な市民、そして、偶々来て今回初めて考古資料に接するような人である。

 たまに、足を踏み入れてすぐ帰ってしまう人もいたが、多くは興味深そうに見ていた。その人達の会話や質問を聞いていると実に興味深い。
 一番多かったのは、この遺跡はどこですか?という質問。会場には開発側への配慮で現状の説明はされていない。しかし、やはり自分たちの知っている地域に遺跡があることへの興味があるのだろう。位置を示した地図は、展示品の中で最も賑やかだった。
 次は埋甕についての質問だろうか。出土状態の写真が展示してあるのをみて興味がわいたのだろう。普段の生活とは違う不可解な習慣に興味を持ったのだろうか。そういえば、意外なことに遺物の用途についての質問は少なかったが、これは深鉢や高杯など生活の臭いのする、比較的分かりやすい遺物が多かったためであろう。

 そして、遺跡・遺物に関する質問に混じって、普段の保管状況や発掘のシステムについての質問や、博物館設置の要望なども少なからずあったのは喜ばしいことである。(伊勢原市は歴史・文化財の宝庫として知られているにもかかわらず、公立の文化財展示施設はなく、年に2回ほど公民館の一室を借りて文化財展を行っている。考古資料について言えば、県内有数の資料もいくつかあるにもかかわらず、ほとんどの資料は、一般市民が見ることはできない。この現状に対して、多くの人が開設を求めており、私にも私なりの構想がある。近隣の市町村に比べれば、大山や日向、太田道灌という対外的に有名なネタがあるのだから、つくれば評判になるだろうし、なによりも貴重な文化遺産を眠らせておかずにすむ。)
 見ていた限り、はじめて接するような人も、多くは考古資料、特に地元の遺跡に対して興味があるという印象をうけた。

 専門家や熱心なファンにとっては、年1回のミニ展ではあき足らず、規模を大きくしたり、専用施設を作ったりしてほしいのだろう。私とて同じ意見である。しかし、これは財政的になかなか難しい。
 一方、私は何回かこの考古展の準備・片づけの様子を見ており、手伝ったこともある。限られた予算、限られたスペースで、担当者が、展示構成を考え、机・椅子を移動し、パネルを組み立て、全体の見え方を気にしながらカラフルなフェルトを広げ遺物を配置し、キャプションを作り、わかりやすいように説明をつけ、写真をはり、パンフ原稿を打ち、印刷・製本し、コンピュータソフトを用意し、客引きから説明まで行うこの展示は、ガラス張りのケースにただ遺物が並んでいるだけのどこかの資料館に比べ、はるかに親しみがもてる。何といっても手をのばせば届くような展示方法(触れるコーナーもある)がよい。たった3日のために費やした熱意が、日頃考古学には関心の無い市民に、足元に祖先の生活の跡が眠っているという感動を与えるのだろう。
 博物館はあったほうがいい、しかしこのような手作りの展示も素晴らしいものである。


2月24日(水) 妻木晩田遺跡保存運動の情勢

《22〜23日の妻木晩田の情勢をめぐる当サイトの対応について》
 私自身には、きちんとした確認方法がないため、混乱してしまった面がある。念のため経緯を記す。
 下記のように考古学のおやつを見ていて、全面保存へという情報を知り、私の感想と今後のことについての私見(23日付けトピックス)を書き、23日朝にアップした。この際、あるいは誤報かもと一応注意書きを添えた。
 しかし、他のサイトや新聞では一切触れられていなかったため、白井さんに問い合わせてみた結果(おもいつきBBS)、下の情報は、読売夕刊によるものとわかり、同時に日本海新聞のサイトを紹介していただいた。この記事によると京阪側が共存は無理と判断したという程度で全面保存とは書かれていな。最終的な県の決断を待つようだ。
 そこで、これをトピックスに追加しておいた(23日13:14)。
 その後、図書館で22日の読売新聞夕刊を確認したところ、確かに「妻木晩田遺跡全面保存へ 京阪電鉄ゴルフ場開発断念」という見出しで、甘粕氏のコメントもあり、この記事による限り全面保存と考えてしまう内容であった。

 23日夜、混乱を整理するため、この文を書く。その際、23日付けトピックについては、一部を除き手を加えていない。仮に全面保存がきまれば、ということで考えていただきたい。

2月23日(火) 京阪英断全面保存へ 活用はぜひ市民の手で(24日の欄参照)

考古学のおやつ「きまぐれNEWSLINK」によると“京阪電鉄がゴルフ場開発諦め、文化庁の全面保存案受け入れへ。鳥取県の「共存案」ではゴルフ場のグレード維持不可能と判断。県に買い戻し求める予定”だそうです!(2/22 15:58)
 表紙で速報したように、京阪電鉄がゴルフ場の建設を断念し、県に土地の買い戻しを求めるという。これで妻木晩田遺跡群をめぐる状況は大きく動いたはずである。これは昨日16時頃、何気なく、「考古学のおやつ」を見にいって知ったもので、まだ他のページには載っていないようだったし、夕方・夜のニュースでも取り上げていなかった。白井さんがどのような経路で情報を得たかは知らないが、その動向を気にする私のような一般市民としては、インターネットの速報性が十分に発揮された意義のある出来事であると思う。

 この決定が京阪側からのものであることについてだが、昨日アップした妻木晩田についての文章で「県を待つより京阪が自主的に取り下げるべきだ」ということを書いていたこともあって、やっぱりなという印象である。それにしても、県による民有地内の大遺跡の保存という前例を作れなかったことは残念である。

 ところで、今後の遺跡の活用については、誰が行うことになるのだろうか。ここまで事態を長引かせた県に任せるのだろうか。といっても、地元の2町が担うのも財政的に無理なのはこれまでの議論で明らかである。やはり国に金を出してもらうことになるのだろうが、国に全て任せ、地元は知らないということになるのは、地域の資源としての遺跡の価値が大きく損なわれてしまう。

 一方、この遺跡には先日旗揚げしたばかりの「むきばんだ応援団」をはじめ多くの学者・市民組織がついている。保存という1つの目標がほぼ達成されたので、今後の活動は「普及・活用」ということになるだろう。遺跡の整備・活用計画には積極的にこれらの団体が参加していくことが重要になってくる。いっそのこと運営はこれらの団体に委託して行ってはどうだろうか。

 妻木晩田において、遺跡の保存活用の新しい方法が積極的に実践されていくことが期待される。(ここまで22日夜)


2月21日(日) 開発に“伴う”調査
…近年、出土品は、開発事業等に伴う発掘調査事業量の増大に比例して増加し続けており…(「出土品の取扱いについて(通知)」より)
…「大山スイス村」ゴルフ場建設にともなう発掘調査で、2000年ほど前の大規模なムラと墓地がみつかり…(みんなで考古学「注目を!妻木晩田遺跡群」より)
…同遺跡は史跡七戸城跡北館の対岸部にあたり、遺跡を横切る町道新設と生涯学習施設建設計画に伴い、平成7年度から10年度まで緊急発掘調査を実施してきた…(青森遺跡探訪「案内人日記」より)
 遺跡の紹介をする場合の1つのスタイルとして、「〈調査原因〉に伴い、〈調査年〉年に〈調査者〉によって調査された」というものがある。今まで私も遺跡紹介文の冒頭では専らこれでを使ってきた。しかし、最近、この「伴い」という表現が妙に気になってきたのである。
 これでは調査が開発事業の1過程として行われたことになるではないか。多くの場合においてはこの表現は実態を示しているのだが、やむを得ない開発事業の場合にのみ記録を残すため事前に調査を行うというのが現在の文化財行政の本来の姿であろう。

 さて、これが気になったのは妻木晩田遺跡群の保存問題についての文を書いている時である。この遺跡でも調査は開発事業の1過程として行われたわけだが、遺跡の重要性が明らかになり、開発を中止して全域を保存する運動が全国的に展開されている。従って、保存を訴える際、開発の1過程を意味する「伴う」という表現を用いるのは矛盾することにならないだろうか。
 もちろん、調査時点では「伴う」と表現しても構わないという解釈も成り立つかもしれないけれど。

 とはいうものの、適当な表現は思い付かないので、「ゴルフ場建設の事前調査として」と書いたわけだが、少なくとも「伴う」よりはいいのではないかと思う。また、既に開発が行われた遺跡に関しては「先立ち」とする方法もある。
 きっとどこかで議論されている事だと思うので、どなたか教えてください。

2月21日(日) 第11回考古資料展 咳止橋遺跡と田中地区の遺跡
 毎年、2月の公民館まつりで、伊勢原市教育委員会は考古資料展を開催している。公民館の会議室を借りてやる小規模なものだが、毎回テーマを定めて行い、またその年度の速報展にもなっている。ここ数年見学し、昨年は縄文部分の展示の手伝いもした。
 今回は咳止橋遺跡や聖原遺跡など伊勢原市田中地区にある遺跡の出土遺物が展示されるというが、詳しいことは聞いていない。いずれ詳しくお伝えするつもりである。

 「第11回 考古資料展 咳止橋遺跡と田中地区の遺跡」
  2月26日(金)〜28日(日) 午前9時から午後5時まで 伊勢原市中央公民館3階会議室B・1階ロビー
  問合せ先 伊勢原市教育委員会社会教育課文化財保護係(0463-94-4711 内線5216)

2月20日(土) Yahoo Japan!に登録
 今月上旬に、Yahoo Japan!への登録を申し込んでいたところ、昨日メールが届いた。今日、検索してみるとちゃんと登録されていた。ある程度審査があるようなので、内心心配だったが、ともかく万歳!
 精一杯がんばりますので、今後ともよろしくお願いします。

2月6日(土) 赤ちゃん土偶について2
Yahoo!Japanの考古学トピックスに2/4の時事通信と2/5の河北新報の記事があった。これによれば土器捨て場から出土したもので、厚さは1.5pで土版に近いらしく、同時代の動物形土製品も出土しているらしい。わざわざ人間と考えなくてもいいかも。 再生を願ったという葛西励青森短大助教授のコメントや配石-名久井岳-太陽運行に関する指摘もあり興味深い。

2月6日(土) 目を覆うバーミヤンの大仏の傷痕
 2月5日の朝日新聞朝刊一面には「悠久の大仏砲撃無情」という見出しとともに、頭のない大仏の写真が掲載された。戦車砲によって吹き飛ばされたという。アフガニスタンのバーミヤンの仏教遺跡で、以前からイスラム原理主義タリバーンの攻撃による破壊が心配されていた所である。先日届いた『考古学研究』の展望で、後藤健さんがタリバーン幹部の文化財保護の方針が紹介されていたのを思い出すと驚く。おそらく後藤さんが心配されたように末端に徹底していなかったためだろう。
 もちろんこの件に関してはほとんど予備知識が無いので何とも言えないのだが、写真を見て大きなショックを受けた。以前、大仏下半身の砲痕でショックを受けたのだが、今回の写真ではそれどころではない。新聞では指摘されていなかったが、腹部の大きな穴、胸から肩にかけての無数の砲痕は目を覆いたくなる惨状である。壁画などに比べ一番目立つ部分であり、以前は顔の一部はなくても偉大な大仏だったが、現在では体中に砲火を浴びて今にも倒壊するのではという印象を受ける。世界的な遺産をこのような無残な姿にするとは信じられないが、戦火による文化財の破壊はこれが始めてではない。現地ではこれ以上破壊されないようにタリバーン兵士がガードしているというが、これを信じて事態の収束を願うほかないのだろうか。

2月5日(金) 赤ちゃん土偶出土
 2月4日の朝日新聞夕刊に「おくるみ姿赤ちゃん土偶 全国初、青森で出土」の記事。三戸郡沖中遺跡(晩期)から7cm×4cmのおくるみから顔だけ出しているような姿の土偶が出土したという。慶大江坂名誉教授の「安産もしくは懐妊を願ったもの」とするコメントが出ていた。
 写真を見た限りでは、厚さが分らないので晩期の顔の表現のある土版(『東北地方の土偶』p30)との関わりを考えたがそれらに特徴的な模様が無いし、土偶と考えてもこれまで知られていない形で、今後の類例発見が待たれる。

2月2日(火) 「萬維網考古夜話」でネタになってしまいました
 昨日から正式公開をはじめました。
 さて、考古学のおやつにリンクのメールを出したところ、なんと名物コラム「萬維網考古夜話」で、紹介されてしまいました。きっと最初にリンクを張っていただいたサイトだと思います。いい宣伝になりました。
ただ、少し気になる言葉がありました。
 >将来ある青少年が、こんなコラムを面白がって見てていいのでしょうか。
 ですって。コラムの内容についておっしゃっているのか、それとも考古学自体についてなのかわかりませんが、後者ならばもう聞き飽きた言葉です。私は月何度か市教委の事務所におじゃましていますが、そこでも最初はそういうことを言われました。でももう諦めたみたいです。
 前者なら問題ありません。私以外でも多くの人が面白がっているのですから。希望どおり考古学の道に進めたら、少しでも内情を知っていた方がいいでしょうし。
 いずれにしろ、この発言は私に言っているのではなく、このコラムを見た他の人たちに意見発表を勧めるためのものなんだと勝手に解釈しました。

付記:白井さんによると前者だということですが、後者についてのコメントもいただきました。コラムのネタにされるかもしれないそうですのでここでは省略します。(2/5)
1月20日(水) 飛鳥池遺跡で「富本銭」発見
 本日、朝日新聞一面トップは県の万葉ミュージアム建設予定地である奈良県飛鳥池遺跡から最古の通貨−富本銭の発見を報じた。おそらく他の新聞でも同様であろう。気になるのは「最古」という表現だが、正確なのだろうか。
 いずれにしても、昨年以来、奈良において重要な発見が相次いでいることに驚く。この遺跡も「最古」の天皇と記した木簡が出土するなど話題になった遺跡で、当然ながら保存の声が出ており、今回の発見でその声が高まるのは間違いない。ただ、飛鳥という歴史の里は、おそらくどこでも重要な遺跡が眠っているだろうから建設地移転も難しいかもしれない。うまく同居する方法があればいいが、なければ遺跡を優先すべきであろう。
【関連サイト】奈文研 飛鳥池遺跡(1/15現在富本銭の情報はないが、その他の詳しい資料がある)

1月17日(日) 縄文最大級の加工木材
 本日の朝日新聞社会面に、「縄文最大級の加工木材」という見出しで、東京都東大和市の下宅部遺跡(縄文後期)の記事が出ていた。相変わらず「最大」という言葉が好きだなと感じたが、一応内容を紹介すると、
 2万平方メートルの調査域の東端の河川跡の水場遺構から、長さ6.6m、直径0.8mの加工木材が1本出土。材質はケヤキ。両端に向かって1mくらい削られ、先が細くなっている。まだ埋まっているので詳しい加工は不明。
 ということだ。木材そのものは、あって当然の遺構が偶然残って姿を現わしたというに過ぎないが、その偶然が大きな意味を持つ。水場遺構の調査例は増えてきており、今後の研究で縄文の建築技術が明らかになることが期待される。

1月1日(金)
 ついに99年になってしまったが、まだホームページが公開できない。それはそうと 和泉熊野神社表面採集土器 「青森遺跡探訪」によると青森でウサギ形土製品が発見されたということだ。ウサギを表わした遺物はなかなかないとか、考古学ジャーナルの1月号で江坂さんが言っていたのを思い出した。なんといいタイミングであろうか。
 さて、今年の正月は東京都杉並区の祖母の家に来ているのだが、ここの鎮守の案内板には境内からは縄文土器や石斧、石棒、土師器などが出土したことが書かれており、早速いろいろ拾ってみた。結局、形のいいものを2つほど持って帰ってきた。1つは縄文土器で後期ごろ、もう1つはもっと新しいものだろうと思われる。新年早々、土器を拾ってご機嫌の私であった。
 ※追記:伊勢原市教育委員会で見てもらったところ、縄文土器のほうは中期末〜後期初頭、もう1つは土師器の甕の胎部と教えていただいた。(99.1.5)


12月16日(水)「1998古代史発掘総まくり」
 今年も残り僅か。今年の考古学上の新発見を振り返る時期がやってきた。今日、アサヒグラフの「1998古代史発掘総まくり」を買ってきた。元屋敷の岩偶がかわいらしい表紙である。
 ここでは48遺跡が取り上げられていたが、私の知らなかった遺跡もかなり多くあった。すべてが朝日新聞(全国版)で報道されたわけでもないのだろう。重要な遺跡が発見されていたという事実を改めて知らせてくれるし、それらが大き目のカラー写真で掲載されている。この特集はいろいろな面でうれしい。
 遺跡1つ1つについてはコメントできないので、気になったものについて。
【奥三面遺跡群】以前から気になっていた遺跡であるが、今回の特集では巻頭の特集1として詳しく取り上げられており、空撮や配石遺構・敷石住居など見たかった写真がたくさん掲載されている。敷石住居を囲む石など神奈川県内の例とはかなり異なり、地域的バリエーションの豊富さを思い知らされたし、環状列石の立石復元なども興味深い。また、民俗資料をバックに使っているのもうれしくなる。これらを見ていると、どうにかして現地を見てみたくなってしまうが、はたして行けるかどうか。
【御所野遺跡の土屋根住居】これについては、多少の情報を持っていたのだが、ここに掲載されている。屋根に青々と草が生えている写真を見て驚いた。復元図や復元当時の写真は知っていたが、わずかの期間にこれだけ草が生えるとは。これを見ていてふと穴居という言葉がぴったりなのではという気がしてきた。隣の栄浜1遺跡の家形石製品とはだいぶ違った印象を受ける。結局縄文時代の家は不明だが、きっとさまざまな家があったのだろう。
【柊原貝塚】前後の4つの遺跡とともに、こういう発見があったのは初めて知った。ここでは岩偶が大量に出土したという。一見すると顔が無いので岩版ではないかと思われるのだが、良く見ると確かに東北地方の岩偶にいているようにも見えてきた。いずれにしろ、こういうものは東北地方に分布するものだと思っていたので、鹿児島から出てくるというのに一番驚いた。東北とは別系統なのか、同系統なのか、冬休みにでも調べてみようと思う。
【浅田遺跡3号墳】はじめに写真だけをみてきれいに並べ直したものだと思っていたが、解説を読んでびっくり。こんなにきれいに状態が保たれているというのは大変貴重な例だろう。ここも今まで知らなかった。
12月11日(金)坂戸遺跡見学メモ
 現在伊勢原市沼目の坂戸遺跡が県道工事に伴い調査されていると聞いて帰り道少し寄って見学してきた。後期の遺跡だが、まだ実態はまだ分らないようだ。住居と配石らしい石と埋甕があったが詳しいことは不明。来月あたりもう一度見てみることにした。
12月10日(木)国指定史跡・川尻石器時代遺跡の破壊
 夕刊(朝日)を見て驚いた。神奈川県藤野町で道路建設にともない調査された遺跡が実は国指定史跡だったという。この遺跡は川尻石器時代遺跡という敷石住居を中心とした遺跡で、かなり以前に指定を受けていた。問題の場所は指定地の飛び地だったようで、県教委の依頼でかながわ考古学財団が指定地の一部を含む一帯を川尻中村遺跡という名称で調査を行い、縄文後期の大きな遺跡だったことが明らかになっている。
 国史跡と気づかずに調査を行うというのは信じられない。指定を受けたのが古く、狭い区域が何個所か指定されていたのだろう。しかし、地番はちゃんと出ているはずだ。県も地元も気づかないというのはどういうわけだろうか。現在の感覚では、必ずしも超一級の区域ではないとはいえ、指定地が侵されるようでは、県教委の姿勢を疑わざるを得ない。いずれ、きちんと調べたい。
11月30日(月)中里遺跡
 昨日は、小田原市の中里遺跡(弥生)の現地説明会があったようだ。私はあまり興味がなかったので行かなかったが、NHKの報道によると約1万人が駆けつけたという。結構多いのではないだろうか?
 ここは海路を使って西日本の文化が直接小田原に伝わったことを明らかにした遺跡で、病院建設に先立って(株)玉川文化財研究所によって調査された。この成果が公表されたときも新聞などで割と大きく扱っていたし、見ておいた方がよかったのかな・・・


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